「ぷっ……」
「ッ!!!」
――――剣光。甲高い剣戟の一音。
知らず背後を取られていたアヤメが振り向きざま、ギリートの心臓目掛け黒刀の一閃を見舞ったのである。
しかしその一撃は、まるで予期していたかの如き速さで抜剣された魔装剣イグネアにより防がれた。
力点をわずかとも動かすことなく、刺突と剣身は拮抗する。
「おー危ない危ない。下手したら死んでるよ今の一撃。どういうこと?」
「障害には死んでもらわねば困る。それ以外の結果は全て失敗だ」
「へえ。そういう大義名分でアルテアスさんを刺したわけね」
「しかし王女に近付いたってだけで刺し殺すってのはちィと過剰すぎやしないか? お前さん」
「ッ!!」
――二度も。
二度も後ろを取られたことに、黒騎士は心からの動揺と驚愕の表情を垣間見せ――――身を翻す。
黒刀の力が緩んだ瞬間、左手に逆手持ちしていたイグネアを右に持ち替え、炎を迸らせて右に振り切るギリート。
炎は騎士の黒装束をわずかに撫ぜたものの、無傷で二人が距離をとるのを許す。
しかし、
「もう止した方がいいんじゃない? 無駄な抵抗は」
「だな。この状況を『詰み』って言うんだぜ、騎士さんよ」
それは、彼女達を見逃すだけの余裕が彼ら――――シャノリアとギリート、そしてトルト・ザードチップに生まれていたからに他ならない。
姿勢を低くし、瞬転で彼らの包囲から脱したアヤメの前に、プレジア最高戦力と謳われる二人が並び立つ。
だが黒騎士は、眉一つ動かさず彼らに得物を向けたまま。
「常識で考えりゃ解るだろ。俺らは二人、お前さんは一人。その上片手が塞がってるハンデまである。そこのお姫さん、身体強化も使えねえんだろ?」
「大人しく投降……いや、降伏してくれないかなぁ。もう君らに打てる手はさ、ないと思うよ? ま、それはそれでイベントのお客さんを興醒めさせることにはなっちゃうんだけど」
「余計なこと言うなボンクラ会長が」
「はは、すみません――さてと。かしこくも王女直属の護衛を一人で務めてらっしゃるんだ。状況判断能力は優れていると期待してるよ。さあ選んで。降伏か、王女を傷モノにする大罪を犯すか」
「犯ッ……?!?!?! お、おおお前ら一体ッ、わたしに何す――」
「ぷっ……」
――――漏れるはずのない、嘲笑が。
漏れるはずのない人物から、確かに漏れ聞こえた。
(――――こいつ今、)
(――――笑った?)
表情を止め、目の前を見つめるギリートとトルト。
状況にあまりにもそぐわない、思わず吹き出てしまったと言わんばかりの、押し殺した笑い声。
しかし、シャノリアでさえもハッキリ耳にし、そして目にした――――この状況下で笑いをこぼしたのは、間違いなく眼前の黒騎士だったのである。
「……気でも触れたか? なにがそんなにオカしいんだいお前さん」
「……アヤメ?」
主人である王女さえも黒騎士の挙動に戸惑いの声を漏らしたのを、ギリートは見逃さなかった。
「…………、…………」
――――やがて目をすがめて、黒騎士を見る。
これまでとは、打って変わった心情で。
「『詰み』か。よくもそこまで思い上がれるものだ」
「何?」
「的確な状況把握だ。プレジア最高戦力と目される二人、そして後衛には教師。こちらは王女を抱えて片腕が塞がっている――――だが、決定的に間違えていることが一つ」
――黒騎士が。
口の端を、わずかにかすかに持ち上げる。
「その状況で戦って――――――どちらに分があるかさえ、解っていないのだから」




