「ストリート・ボルテール」
問われ、エリダが視線を落として目を閉じる。
「覚えてるの。とてもよく」
「……何のこと?」
「小さかったころのこと。父さんに続いて、母さんまでがいなくなって、それで――――まだものも分からなかったあたしと兄貴を、姉さんがずっと守ってくれたこと」
エリダの切々とした目が、当惑するペトラの目の奥を見た。
「あのときのこと、少ししか覚えてないのよね。忘れたいのかな、路上で暮らしてた記憶なんて。母さんを失って、身寄りが無くなった途端に家を追い出されて……姉さんだって十才にもならなくて、出来ないことの方が多かったはずなのに。それでも姉さんは弱音一つ吐かないで、あたし達を助けてくれた。変な人達に捕まったときなんか姉さん、なりふりかまわずおっさんたちに飛びかかってってさ」
「よしてよ。結果的にそのせいで、私はあんた達をしばらく置き去りに――――」
「でも命を救われた。姉さんの運動神経が飛び抜けてるのは知ってたけど、あれほどとは思わなかったわよ。男たちを滅多打ちにして、一人には死にかけるほどのケガさせて……確かに、王国騎士につかまったときはもうダメかと思ったけど。まさかそこからも逃げてくるなんて」
「…………」
「でもそうやって、あたし達は姉さんに導かれてここにいる。ここで何不自由なく、同い年の友達とバカみたいなことして過ごせてる。今でもすっごい、すっっっごい感謝してんだからね。ホント。いくら感謝してもし足りないよ。…………あたしは、そんな姉さんを信じてるの。だから話した」
「――!」
「王国騎士にはならなかったけど、姉さんがアルクスに入った理由もわかってるつもり。今だって苦しいんでしょ、アルクスが一枚岩じゃないことが。そんなアルクスを変えられないことが」
「……エリダ、あんた」
「解らないと思った? あたしだって色々知ってんだからね。姉さんがもう一人の兵士長のこと陰で脳筋アイツ・クソゴリラって呼んでるの痛ッッったぁ?!!?」
「あんたね……それ本人に絶対言わないでよっ!?」
「言わないわよ!! あたしが疑われちゃうってンなことしたら!! ったたた……」
「っ……もう、ホントに」
「……あたしは、そんな姉さんの姿を今でも信じてる。……信じたい。そうやって、あたしたちは繋がってる。だからあたし、姉さんにも……!」
「……………………はあ。あんたには助けられてばかりね」
「え?」
「今と同じような目を、昔あんたに向けられたことがあるの。さっき話した、私が男どもに飛びかかっていったときにね」
「ええ? や、あの時確かあたし、首絞められて気絶しちゃってたような……」
「覚えてないのも無理ないわ。あんたは私を助けてくれたのよ、エリダ。最後の男が私にやられそうになったとき」
「そ、そこはフツー男『に』私『が』やられそうになるんじゃないの……?」
「野生の本能ってやつよ」
(ホントなるべくしてなってるわよね兵士長に……)
「とにかくそうして、私が男を殺そうとしてた時にあんたは……私の喉笛に食らい付かん勢いで飛びついてきて、そして……」




