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「不可抗力的、引力」



 斥力に吸い込まれていく。魔女が視界から消え、体が乱回転し、意識が振り混ぜられていく。視界を光が支配し、意識が焼き切れるような息苦しさとまぶしさに限界を感じた時――――唐突に、視界が開けた。



 目の前には、青く清々しい空と雲。しかし、感じた浮遊は一瞬。

 俺の体はすぐに重力を受け、下へ下へと音もなく沈んでいく――そう思った。



 体が、柔らかく冷たいものに包まれた。



『!? なっ、なん――』

『ちょっと?! 先生ッ、何ですかアレ!!?』

『わ、わからない――キミっ!』



 二つの女性の声。あわてて体を動かそうと周りを見れば、俺がいるのは空中に浮く藍色あいいろの、ゼリーのような大きく丸い水泡の上――言うならばスライムか。

 滑り落ちていく体を支えようとそのスライムを掴もうとするが、張力ちょうりょくが強いのかつかんだつかから手を滑りぬけていく。ついに体はスライムから滑り落ち――その下にあった別のスライムに落ち、また深く沈み込む。

 滑り落ち、沈み、また滑り落ちる。その度に冷やりとした感覚が肌に触れ、地上にいる女性と少女の声が右往左往する。



 なんだ。このいやにファンシーな感じのする状況は。まるでウサギ穴に落ちたアリスのような――



 ――いや。そういえば俺はたった今、不思議の国に迷い込んだところだった。



『わわわわわわわわわわわ?!! 落ちてきます、落ちてきちゃいますよ先生っ!!』

『くっ……ええい、ままよ!』



 スライムが一斉に弾けた。



「!?」



 張力を失ったスライムは、全てただの水の塊と化す。空中で水のトンネルをたっぷりとくぐり、全身水(びた)しになって落下する。

 思っていたより早く、地面は間近に迫っており――真下には、両手を広げてこちらを見る金髪の女性の姿。



 馬鹿っ、こんな高さから落ちる男を女一人で受け止めたりしたら怪我けがを――!!



『きゃあっ!』



 案の定、俺を受け止めてよろけた女性と共に、水浸しの芝生しばふへと転倒する。

 俺の顔はぬかるんだ土へと突っ込み、体はぬるぬると柔らかい泥へと触れる。俺は今度こそしっかりと地面を掴んで――――



『ひゃあぅひっ!!?』



 ――――地面を、掴んだはずだった。



『だっ、大丈夫ですか先生、と…………?!?』 



 異質の感触。泥とは明らかに違う微かな弾力、熱、そして柔らかさ。

 泥から顔を上げる。目に映るのは涙目の美女の顔。水にれ、うっすらとけた服。



 そんなことは問題じゃなくて。



 地面にあると思われた俺の体は、左手を通して金髪の女性――――の、胸部――――に、思いきり、預けられていた。

 金髪の女性と交わる視線。紅潮する彼女のほお。そんな俺の後ろから――――先の赤い男から感じたものと、違うが同じ敵意の気配。



 振り返る。そこには、赤い髪を熱された鰹節かつおぶしのように揺らしながら、体をふち取る赤い発光に身を包んだ少女が、



『あ――――あんたっ、』



 憤怒ふんど羞恥しゅうちをその顔にたぎらせて、



『先生に何やってんのよこの不審者ふしんしゃアァァァァ――――ッ!!』



 猛獣もうじゅうのように、俺へと襲い掛からんとしてた。

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