「覗くよどみ」
マリスタの顔が曇る。思った以上に険しかった声に、俺自身も驚いていた。
「あ――いや、違う。別に謝らなくても……」
どうした、童貞。矢継ぎ早の質問といい、随分と余裕がないじゃないか。……と、ここぞとばかりにからかってきたに違いない。今この場にリセルがいれば。
それ程、目の前の赤毛の少女を言葉で圧し、萎縮させてしまった自分が無様に映ったように思えた。
個人的な領域に土足で踏み込まれるのが嫌なのか。
復讐という目的の後ろめたさを、多少なりとも感じているのか。
「……いいんだ」
解らない。
解らないが――――一つだけはっきりしている。
俺の目的に、マリスタ・アルテアスは一切関係がないということだ。
「う、ううん。ちゃんと謝らせて。ケイだって、好きで記憶を無くしてるわけじゃないんだから。無神経なことしちゃった」
「いいんだ。目の前にいるクラスメイトの正体が解らない――――俺がお前の立場だったら、同じように不安になるだろうし」
「違うの。私は不安なわけじゃなくて、たぶん……あっ、だからって心配してないわけじゃないんだけど。あの……あのね? あれ、私……なんで焦っちゃったんだろ、はは。ごめん、なんかわかんないや、なはは」
「それに、お前は俺の心配をするよりも、自分の成績を心配するべきだしな」
「ちょ――いま私の成績のことは関係ないでしょっ!」
緊張していた空気が弛緩する。
そうだ。これでいい。
こいつには、こういう能天気な話題の方が似合っている。
「さあ、仕切り直しだ。通訳と翻訳の魔術、よろしく頼むぞ」
「あいあい。あ! その代わり、今度はちゃんと私とゴハン、一緒すること」
「面倒な奴だ」
「正当な報酬ですぅ」
「一緒の食事が報酬になるのか?――――いや、なるのか。俺の場合」
「はいまたナルシストっ!! 止めたほうがいいってそういう考え方は」
「何度も言わせるな、これは自分の――」
「強味の正確なハアクっていうんでしょ、もーそういうのいいですから」
「お前な……」
そう。俺とマリスタは、この平行線で構わない。
遅かれ早かれ、こいつとの――――プレジアにいるすべての人との縁は、必ず切れるのだから。
以降、思考を断ち切り。
俺は意識を、魔術の訓練へと強引に没入させた。




