「九死に一生」
「やめなさい」
――聞き覚えのある声が、部屋の澱んだ空気を止める。
喉に響くような心臓の早鐘。
聞いたことのない声色ではあったが、今の声は――
「何をしに来た教員」「ノックも無しにドアを開けるな!」
「ふざけるな。人殺しの現場を見過ごすほど耄碌はしていません……生徒の口元から手をどけなさい、バルトビア君」
「…………アドリー・マーズホーン」
「どけろ」
――魔法生物学担当の教師、アドリー・マーズホーンが、普段とは打って変わった低い声で小さく告げる。
暗い視界の中で、何か液体の波打つような音が聞こえ、遠ざかった――何かを飲まされようとしていたのか。俺は。
「要件を言ってもらおう。マーズホーン」
「言わずとも解るでしょう。彼を解放しなさい」
「誰を?」
「下手に時間を稼ぐな、無駄です。その行為に正当性は無い」
「……やはり、あの場でイグニトリオも捕らえておくべきだったか」
「無駄口。早く解放しなさい」
「こいつは何か重大なことを――」
「正当性は無いと言ったはずです。組織に属すなら規律を守りなさい。生徒達でもできることです、それとも――アルクスとはそんな組織だったのですか」
「…………」
「……全教職員、及び六年二組・四組の全生徒連盟による声明、ならぬ勧告書です。これからオーウェン・アルテアス学長代理に提出します」
「なら済ませてからくるんだな。俺達の指揮権は暫定的に学長代理にある。それまで俺達の行動は妨げ――」
「馬鹿なことを。この書類は生徒の解放を求めるためのものです。生徒の命を救うのに手続きもクソもありません。たとえここで事を構えてでも――」
何人かが床を踏み鳴らし、陰気な空気の中に殺気が満ち満ちる。
しかし、次に聞こえてきたのはガイツの沈着な声だった。
「元のように転がしておけ」
「は?」「が、ガイツお前――」
「勧告書まで出されては仕方ない。指示通りやれ」
「……わ、わかった」
胸倉を掴まれて少し持ち上げられ、次いで尻の下から椅子が消えた感覚。
雑に投げ出されたが、背で壁を伝ってなんとか床に腰を落ち着けた。
「何をしてるんです、拘束も解くんですよ。ただ聞きたいことがある生徒への扱いじゃないでしょう、それは」
「――言う通りに」
――誰かが指を弾き。
果たして俺は、何時間かぶりに光の直撃を視界に浴びた。
「大事ありませんか、アマセ君」
「あ……ああ、大丈夫」
「そうですか。――――さて、どう考えたらよろしいですかね。バルトビア兵士長」
「…………」




