「種、海面より波紋、海底の土へ芽吹け」
エリダがシータを無理やり振り向かせ、胸倉を掴み上げる。
パフィラと他数人が、おどおどとエリダを諫めた。
堪りかね、ナタリーがマリスタの傍に歩み出た。
「対案も無いのによくもまあべらべらと他人の中傷を吐けるものですねぇ、シータ? まさしくアルクスの言うが如く、プレジアは差別と偏見の掃き溜めであることの証左といったところでしょうかねぇ?」
「っ……ここまで一言もしゃべらなかったくせによくまあしゃしゃり出てきたものだわねっ。マリスタの言うことだからかばってるんでしょうけど、」
「やめなさいってシータァッ! ここでケンカして何になるのよ!!」
「ナタリーも私と同じ気持ちなんじゃなくって? じゃなかったらとっくに、この場を沸かせるような献策をしてみせてるんじゃないかしら!!」
「黙っていればベラベラと勝手な事を……!」
ナタリーが歯噛みし、シータを無視してマリスタを見る。
俯いたマリスタの顔から、一滴の涙が光り落ちた。
シータを含む大勢は、この件がプレジアとリシディアの内戦に繋がりかねないことを知らない。
マリスタと同じ熱意を求めるのは、どだい無理な話であることをナタリーは承知していたのである。
しかも、それら秘密を秘密のまま話していないのはマリスタ達だ。
秘密は秘密のまま、でも熱意を私達と同じくしろ、とは道理の通らない話だ。
「マリスタ。気に病むことはありません、シータたちは――」
「うん。慰めなくていいよ、ナタリー」
「――え?」
「――――その通りッ!」
光る涙玉と共に。
マリスタが顔を上げ、また大声を出す。
その目にもう、涙は残っていなかった。
「シャノリア先生、ティアルバー君、イグニトリオ君。四大貴族の中で、私が一番馬鹿なのは誰が見たってわかるよ」
「マリスタっ、」
「私にはカリスマなんてない。頭もよくないし力だってない。皆が私の言葉を聞かないのも当然だよ、だって私は……これまでプレジアで過ごしてきた十一年、ずっとヘラヘラフラフラ過ごしてただけだもん。それは今だってそう。ケイの後ろをただくっついて、マネして、それで……いっぱしに『マリスタ・アルテアス』でいられる気になって」
息を大きく吸い胸を膨らませ、マリスタが皆を見る。
「追いかける背中に、自分の道を塞いでもらって安心してちゃダメなの。誰かが考えるんじゃなくて、私達も一生懸命考えなくちゃダメなの! だってこれは私達の問題なんだから。どこか遠い異世界の話じゃない、私達の住む私達の世界の問題!! 様子見なんかしてられないよ!」
「『正義ごっこ』ならヨソでやって欲しいのだわよウザったいッ!!」
「シータッ」
「しーた!」
「シータ、抑えて」
「綺麗事吐くだけなら誰にでもできるのだわ!! 参考までに、そこまで言ってのけたアルテアスサマがどう動くのか教えてもらいたいものだわねっ!」
「……うん、そうだよね。だから、行ってきます」
「ま――マリスタ?」
虚を突かれたナタリーが、出入り口に向かうマリスタから数歩遅れて付いていく。
マリスタはそれを笑顔で制した。
「ナタリー。後で相談したいことがあるの。戻ってくるから、このへんで待っててくれる?」
「え……ええ、」
「今すぐこの場で相談してもいいのだわよッ! どこ行くか言わないし、どうせこれから考えるのでしょっ」
「シータ、」
「――学長代理さんのところ」
「――え」
ナタリーが顔色を変える。
しかし彼女が口を開く前に、マリスタはぐるりと振り向いた。
「万策尽くれば億策練るべし!!! by私!!!」
『………………』
…………皆、あっけにとられた顔でその言葉と対面する。
放ったマリスタ自身も現実感のない様子だ。
だが、それでもよかった。
それは大銅鑼。
眠った人々を叩き起こす、言葉とは名ばかり、形ばかりの衝撃。
そして熾されるのは、彼らばかりでなく――マリスタ自身も同様に。
「……考え続けて、皆。みんなで力を合わせればきっと、ううん、絶対乗り越えられる! この劇だって完成したんだから!」
言って、演習スペースを出る。
出てすぐ見えたパールゥの浮かない顔にも、笑顔で応え。
マリスタは、転移魔法陣に消えた。
『………………』
――静まり返ったスペース。
その中に、投じられた一石の波紋を確かに受け取った者達が少しずつ、それぞれ目の前の問題を睨み始めていた。




