「行こう、行こう、行こう。渡りの園へ」
「行って圭君。私はなんとか逃げ切ってみせるから。――ええと。魔女さん?」
「え……」
一切物怖じする気配を見せず、先生がリセルに話しかける。
「お願いです。どうかこの子を助けてあげてください。私の代わりに、どうか」
リセルは数秒ほどたっぷりと固まっていたが、やがてその声に応えるように大きく息を吸い込み、先生から視線を外す。手の平を下に向け、両手を前に突き出して目を閉じた。
「いくぞ。私の体に触れろ、圭!」
「先生、あんた」
「いいから行くの!」
予想外に強い声音で、先生が俺の言葉を打ち消す。その顔は相変わらず頼りなく弱々しかったが――そのまっすぐな瞳に、俺は言葉を失って二の句も継げなかった。
先生が微かに笑う。
「そんな顔も、出来たんだね。……私は、結局あなたを理解してあげられなかったけど――この先きっと、あなたをちゃんと理解してくれる人が現れる。先生には解るの。だって、あなたはこんな状況でも、私を助けようとしてくれた。あなたのような優しい人を、人は放っておかないもの」
〝あなたはお母さんと同じ……いいえ。お母さんよりも――大きい優しさを持っている〟
「せ……」
「見つけたぞ、魔女めッ!!」
『!!!』
土煙を突き破ってくる赤髪。先より遥かに巨大な赤銅の爆弾が奴の手を離れ、凄まじい速さでこちらに迫る。
――待て。これは。
「くっ――不完全だが、仕方ないか――しっかり掴まっていろ、圭!」
「先生っ!!!」
「行きなさいッ!!!」
先生に押され、リセルの体に触れる。途端足元から白い光が立ち昇り、飛ぶように地面に屈みこむ先生の姿も、やがて見えなくなった。
「――――――っっ、」
もう後戻りは出来ない。
覚悟も理由も条理もない。何も知らない。
――或いは、運命なんてそんなものだろうか。
「行こう、行こう、行こう。渡りの園へ」
心地よく鼓膜を刺激するリセルの声。真っ白な空間で体が浮遊し、足場が消失していくのが分かる。
肌が露出したリセルの腕を情けないほどに握り締め、慣れない浮遊感に身を任せ――
――ようとして、突如作用した斥力――としか形容しえない、力のようなもの――によって、俺の手はあっさりと離れてしまう。
「くそっ、やはり――圭ッ!!」
「リセルッ!!」
手を伸ばす。だが、届かない。
「――――『プレジアを探せ!』」
「!?」