「悦の侵蝕」
「…………。ケイ君」
――――――耳元で、声。
体温。
張り詰めていた神経が、温かな体によって覆われ、ゆっくりと溶かされていく。
パールゥは、繋がれた手をそのままに俺へと近付き――――まるで割れかけのガラスに触れるような慎重さで、俺の左肩へと顔を乗せてきたのだ。
「………………」
「っ、」
パールゥが俺の頭に左手を乗せ、優しく撫で擦ってくる。
髪が乱れない程度の程よい強さが、体全体を弛緩させていくようだ。
息が近い。
いや、近いなんてもんじゃない。彼女の体は今、僅かな衣服を隔てたすぐ傍にあるのだから。
そう、すぐ傍、すぐ耳元で――
「……ケイ君」
「っ! ぁ――――」
また。
響く。
どうなっているのだ、本当に――本当に。
パールゥが、まるで匂いを擦り付けようとする猫のように俺に頬擦りする。
気付けば俺が取ってしまった手はとっくに指を絡めて握り返されており――――俺は、完全にパールゥに抱かれていた。
黙れ。
黙れ黙れ。死ね。
「……ぐっ……!!」
しかし、呪いは確実に俺の中から減じていた。
神経が剥き出しのように敏感だった肌の感覚は温かさに包まれ、徐々に正常に戻りつつある。
今こうして抱かれていなければ、俺の中のむず痒い呪いは一体どこまで膨らんでしまっていただろう。だからこれで良かったのだ――――そう訴えかけてくる本能に、俺は理性による否定を必死で送り返す。
離れなければいけない。
だって、俺の中で今、呪いの代わりに膨らんできているのは――――呪いと同じくらい厄介な、人間を肉たらしめる解放の欲求だ。
熱い。
少しでもこの熱さを追い出そうと懸命に息を吐くが――その代償として耳に返ってくる荒い呼吸音は、却って冷静に自分の現状を理解させてきやがる。
呼吸にパールゥの甘い匂いが混ざり、俺から僅かな理性と意識を奪って行こうとする。
いっそ、全て解放してしまえれば――――馬鹿が、今何を考えた?
ふざけるな。俺はそんなことをするためにここに来た訳じゃ無い。
そんな――――そんなのは、ダメだ。ダメに決まっている。
とにかく離れるんだ。
一刻も早く、離れなければ――――
「ケイ君」
――――――震えた。
脳が、震え、
「――――――――抱きしめても、いいよ」




