「魔女の騎士」
「ここでの私の偽名だ。皆といるときはくれぐれも本名を呼ぶなよ。界隈の者には、リセルは知れ過ぎている」
「……何だと?」
「改めて、自己紹介だ。……お前が何度も呼んだ通り、私の名はリセル。魔女の、リセルだ」
「……魔女の、か。何の冗談かと思ったよ。魔女の記述を教本で見つけた時には」
「ああ。私にとっても、越界の途中でお前とはぐれる、なんて想定外に過ぎた。よくぞここまでボロを出さずに来られたものだ……しかし、よりにもよって記憶喪失のフリとは。どこで墓穴を掘るかも解らないというのに」
「下手に知ったかぶる余裕も時間も無かった。それが最善だった」
「しかし、あまり演技派とは言えないなあれは。猫かぶりがヘタクソ過ぎる。なんだあの自己紹介は。アルテアスの娘の目が点になってたじゃないか。真面目にやっているようでお前、実は楽しんでるんじゃないか」
「誰が。あれは俺の――――笑うな、おい」
「すまんすまん。とはいえ、あの戦いは見事だった。勝利とは言えんが、魔法使いの戦い方を知らない状態で、傭兵見習い相手によくあそこまで善戦した」
「負けどころか勝負にすらなってないだろう、あんなもの。あいつが短気な奴でなければ、反撃の目も一切なかった……というか。見てたんだな、やっぱり」
「見ていた……というより、感じていた、というのが正しい。私とお前は、『契約』によって繋がっているからな」
「契約?」
「そうさ。唇で交わす、魔女の特別な契約――――」
リセルが妖しく笑い、指で己の唇に触れる。それだけで直視出来なくなる自分が恨めしかった。
にやりと笑い、魔女が続ける。
「『契約』は、魔女と任意の男性が『魔女の騎士』の関係を結ぶ儀式だ。これによって私とお前は、精神を共有する同体となった、ということになる」
「……魔女の騎士?」
「そうだな。……魔女の血族に生まれた女子だけが行うことが出来る、世界を改変しうる契り。それが魔女たる私と、その魔女の騎士――パートナーたる者が交わすことの出来る『契約』。本当は色々とメンドい手順がかかるんだが。キスならブチュっと一発、ハイ契約だ。簡単だろう?」
「悪徳商法にも程がある。では何か。お前と俺は、その契約で感覚が繋がっているとでも?」
「精神だ。精神が根底で結ばれ、相手の状況の把握、少しなら念話による意思伝達も可能だ。だから私は、お前が今どこにいて、どんなことを考えているかが大体解る。ある程度近くにいればの話だが」
「……厄介な」
事も無げに契約を語る魔女。「どんなことを考えているかが解る」――――それはつまり、こうした俺の考えも奴にはお見通しってことなのか。
下手なことを考えることも出来ないではないか。
「そうだな。これからは、オナニーするときも私に気を遣え?」
「するかっ!!」




