「第1幕、第5場――③、そらし雑考」
障壁に感じる冷たさ。
その先一ミリに――感じる筈が無いのに、いやに重たく、柔い感触。
馬鹿め、自分の唇だ。阿呆か。気色が悪い。
……と、こんな問答も何度目だろう。
大体、そう。目を閉じっぱなしなのが駄目なのだ。
これまでは何故か開けられず終いだったが、考えてみればこれだけ長い口付けで目を閉じたままというのも変だろう。きっとそうだ。
クローネも、これほど長ければ目を開けたに違いない。
――――そうした思考こそが、呪いにやられた愚考だったのだと、俺は直後に思い知る。
目を開けた先。
障壁一ミリその先に――――見開かれたマリスタの目があったのだ。
な、なんて……なんて顔を、この。
そうか、俺がリハーサルまで目を開けなかったから安心しきっていやがったな――――
直後グラつくマリスタの身体。
離れかけた体を、俺は止む無く両手で止め、肩を引いて更に顔を寄せた。
芝居の興を削げば鬼監督の大目玉だ。それは勘弁《かんべn》願いたい。決して望んで体を寄せた訳では――
――虚空に謎の弁明をするな、俺よ。閑話を休題しろ。
…………それにしても、そう、それにしても。
最初に台本でこの記述を目にしたときは、少しだけ驚いた。
騎士クローネと魔女タタリタは、この「契約」が切っ掛けとなり、魔法を一段階上の次元へと進化させる。
炎を吹き出す、水を操るなど。
この星の法則を操る力に過ぎなかった、魔法という力。
それがこの時から、二人の魔法は――――山地を蛇のように操り敵を攻撃する、隕石を落とす、重力を反転させる、超長距離を一瞬で移動する・させるなど、星の法則そのものを操るといっても過言ではない力へと、魔法を変容させていくのである。
作中では、それをして「神の魔法」と呼び表している。
口付けによる契約で、本当にそんな力が目覚めるのなら――――俺やリセルにも、そいうした力が眠っているのではないだろうか、と。
だが、リセルからそんな話は一度も聞いたことが無い。
俺を人魔から助けた時も、そんな技を使ってはいなかった。
何よりこれだけ魔法を錬磨してきて――俺自身、そんな兆候を感じたことは一度も無い。
恐らくはこれ自体が脚色か、或いは契約によるパス――俺とリセルが得た、言外に意志疎通を図ったり、互いの感情をある程度窺い知れる力――を誇大した表現であろう、と結論した。
古事に尾鰭がついて伝説となる、なんてよく聞くはな――――
「ッ?!」
脇腹辺りにくすぐったい感覚。
と同時に――――マリスタが、背伸びをするようにして更に……顔を、寄せてきた。
――――口付けの、最中であったことを思い出す。




