「幕が上がる」
「ああ。中盤まで不要だから、向かいの出捌け口にかけてある」
出捌け口、というのは舞台上で、役者が舞台セットの表と裏を行き来するための通路のこと(鬼監督が専門用語でしか指示を飛ばさないこともあり、必然的に生徒たちは用語の習得を余儀なくされたのである)。
小道具の位置、シーン毎の、舞台上に出た時の立ち位置。どれも漏らさず頭に入っている。
――残る、懸念事項は。
「じゃあ……呪いは?」
「……分からない」
「さっき……イベントの時は、なんだか劇の練習の時より動けてたよね。好きな子と一緒にいると落ち着いたりするのかなもしかしてっ」
「いきなり妬くな。どういう理屈だ、そんなもんで治まる訳無いだろ」
「じゃあ……ホントにあの時は、どうして動けてたの?」
久しぶりに聞く、素のトーンのパールゥの声。
そんなもの、俺が訊きたいくらいだ。
「それが分かれば苦労しない。でも……」
「でも?」
目を閉じる。
意識を内へ、呪いへと集中させる。
ケイミー、アトロの二人と戦った時。
あの時感じた、何にも縛られない高揚感、開放感を――――何故か今は、微塵も感じない。
分かっていたことだ。
分かっていたことだが――
「――呪いはまだ、きっと生きている」
「!」
「だからこそ。……今度こそ、血眼で探さなきゃな」
「え……」
ほんの数時間前まで、呪いは完全に鳴りを潜めていた。
実技試験からこの二ヶ月、絶え間なく俺を苛み続けていたほどしつこい呪いが、だ。
何か訳がある。
思い出せ。
あの時あの瞬間――痛みの呪いを押さえる条件が、まさに整っていたに違い無いのだ。
逃してなるものか。絶対に。
「大丈夫なの? もし劇の途中で――」
「ケイ」
声に振り向く。
なぜか役を持たないシャノリアが、舞台裏にやってきていた。
「? シャノリア、あんたは――」
「ん」
俺とパールゥに視線を送り、後ろで一つにまとめた、こんな暗い場所でもなお鈍く輝くブロンドの髪を揺らして。
シャノリアは、小さな拳を俺とパールゥの前に突き出した。
「……何の真似だよ、そ――」
「はいっ」
パールゥが、その拳に拳を合わせる……のを見て、俺にもようやく意味が分かった。
「ホラ。時間ないんだから、急いで」
「……あいよ」
拳を握り、パールゥに倣う。
と――シャノリアは急に拳を開いて、俺のこぶしをそっと握った。
パールゥの顔が険しくなったのが気配で分かった。
だが発しようとした言葉は、
「これはたかが劇よ」
シャノリアの強い声音に、押し戻されて消えていく。
「……だから、発作が起こったときは。無理だと思った時は、必ず自分の身を守りなさい。みんながカバーしてくれる。つないでくれる。それを忘れないで」
「…………ああ。ありがとう、先生」
『!!』
一瞬きょと。としたシャノリアが、茶目っ気のある笑顔を浮かべ、俺の前を去る。
かと思えば、ほど近い場所にいた、別の生徒に向けて拳を突き出していた。
あれみんなにやって回ってるのか。
過ぎた監督だ、全く。
『本日は、「英戦の魔女と大英雄」にお越しいただき、誠にありがとうございます。開演に先立ちまして、いくつかお願いが――――』
ナタリーのアナウンスが鳴る。
開演五分前の合図だ。
視線をさ迷わせる。
探した人影はすぐに見つかった。
奴も視線を返してくる。
薄闇の中にあっても、なお燃え上がるような赤色をしたその瞳。
ギリート・イグニトリオは、笑っているようだった。
『間もなく開演いたします。もうしばらくお待ちください――――』
幕が、上がる。




