「異質な世界」
「が、は――――ティ、ティアルバー、さん」
「何をやっているんだ、お前は。仮にも貴族の身の上でありながら、こんな力のない者を激昂しいたぶって……低劣にも程がある。恥を知れ」
「!!!!!!??!!?! で――ですが、ティアルバーさん。こいつは、」
霞む視界に、地べたに尻もちをつき、縋るようにその人物を――ホワイトローブのナイセストを見上げるテインツが映る。
「更にお前は風紀委員だ。力を持つ者が、権力と実力にあかせて私刑を行うなど言語道断。お前のそれは誇りなどではない。ただの思い上がりではないか、恥晒しが。お前は今、貴族と風紀委員、その名を背負う全ての者に泥を塗ったんだ」
「あ――あ――――あぁあ……!!!?!?!!?!?!」
聞いたこともない絶望を孕んだ声で、テインツが鳴く。
ナイセストの横へやって来たソフトモヒカンの少年が、テインツの腕から風紀委員のものらしい腕章を剥ぎ取った。
「テインツ・オーダーガード。これまでを以て、貴様の風紀委員の任を永久に解く。加えて私刑を行った罰則により、風紀委員会がお前を拘束する。抵抗するな――貴様の一族郎党のことを思うのならな」
「あ……あああああ!!!!!! すみません、すみません!! 待ってください、話を聞いてくださいっ! 離せ――離してくれっ! 頼む、頼むからどうか、家族だけは……家族だけはっ!!! ティアルバーさん、ティアルバーさん!!!!!!!!」
同じく風紀委員の腕章をしていた者に連れられ、テインツは消えた。
「…………」
「ヴィエルナ、ロハザー。そいつを介抱してやれ」
「……解った」
「了解っす! おいコラ、とっとと立ちやがれ金髪レッドローブ!」
いつか誰かが言っていた。
貴族制度は、既に廃れた制度であると。例外はあるにしろ、そんなものに縛られている者は少ないと。
「……大丈夫?」
「大丈夫なワケねぇだろ。おいビージ、お前先に行って医務室の先生に話通しといてくれ」
「お、おお……分かった」
……では、何か。
俺は今、どんな異世界を見ているんだ?
「構成員の非道を詫びよう、転校生の『平民』。だが、お前もよく考えて行動することだ」
これが貴族制度の隆盛でなくて何なんだ。
腐敗でなくて何なんだ。
「世界がどんなに形を変えようが、リシディアという国が我々貴族の力によって成り、今もまだ形を成している事実に変わりはない。風紀委員会はそれを教える為にここにいる――――わきまえて行動しろ。世間知らずは許容しよう、だが身の程知らずは始末に負えん。我々の施しなしに、お前達『平民』がこのリシディアで生きられる場所など本来存在しないのだと、よく覚えておけ」
切れ長の目でこちらを見下ろしながら、ホワイトローブの白黒頭が言う。
俺は遠くなる意識を必死でつなぎとめながら、その目を見返すだけで精一杯だった。
両側から体を持ち上げられ、転移魔法陣に乗せられる。肩の怪我などお構いなしなソフトモヒカン――ロハザーと、こわごわとした手つきから人並みの気遣いは伝わる黒髪――ヴィエルナ。対照的な二人だった。
転移のわずかな揺れにも吐きそうになる状態のまま、どこかの扉が開く。
もはや前さえまとも見れず、両側にいるはずの二人の声さえ遠い。
「パーチェ先生。急患」
「あら――い、一体何があったのこれ!? どうしたらこうなるのよ」
「こいつが魔法使えねぇからっすよ」
「ロハザー」
「いて、いて。分かったって」
「後頭部が随分大きく裂けてる。打撲の跡も酷い……でも子細は後ね、まずは治療するわ。もう大丈夫だから、二人は彼の様子を担当の先生に報告して」
「うっす」
「承知です」
灰色のローブをはためかせ、去っていく二人。ベッドへと寝かされ、ふわりとした衝撃が俺を包む。
意識が、ついに暗闇へ落ちた。
◆ ◆
「…………ちゃんと見てたぞ。圭」




