「戦火か自殺か」
朧な視界に移る木々と、足元で踏み折られる枝の感触で。
彼は、どうやら自分が森の中にいるらしいことだけは理解した。
肌を刺す寒さが、季節が冬であると告げてくる。
裸足の足元が寒くないのは、きっともう感覚が無くなっているからだろう。
まるでたった今受け取った情報であるかのように感じながら、彼は終わりのない森を、ただふらふらとさ迷っていた。
当然だ。
今の彼には、ほんの数秒前の記憶さえ残ってはいないから。
上半身の服は破れ消え、腹部にその白い切れ端を残すのみ。
下半身の黒いズボンも所々破れ、血で赤黒く変色している。
顔や体、全身にまんべんなく残る血の痕。
彼が内乱の戦火の中に居たのは、誰が見ても明らかであった。
だが彼は、そんなことを露ほども覚えていない。
数秒ごとに見覚えのなくなる雪景色を、しかし倒れる事無く歩いていく。
まるで、自分でない何かに命じられているかのように。
それでも辛うじて――彼は、自分が涅槃に導かれているのだろうということは理解していた。
数秒ごとに、理解し続けていた。
一歩ごとに弱まる、地を踏みしめる音。
聞こえなくなっていく呼吸。鼓動。
かすれ消えていく視界。
命が消えていく感覚が。
感じるたびに、大きく。
やがて吹雪いた風に染められるように白くなる世界。
一歩ごとに傾く体。
開いた目が何も映さなくなり、彼はついに体への力を入れ損ね――――
――――暖かな素材の外套に、顔を打ち付けた。
「大丈夫ですか」
老人の声だった。
「しっかりしてください。酷い戦いでしたね」
その声に、何を感じたのか。
彼の意識は急速に暗転し、全ての力が抜けていく。
そんなに体の力が抜けるのは、久しぶりであった気がして。
そんな風に思った自分に、彼は驚いた。
「安心してください。助けます。きっと」
小さく震えた声が聞こえ。
それきり、彼はすべてを暗闇に投げ打ち、休息に入った。
老人が助けてくれると分かった瞬間、意識を失う自分を思い。
彼は、自分はまだ生きたかったのだな、と理解した。
◆ ◆
「――んで、その助けてくれたジジイってのがウチの校長ってワケだ」
「……リシディア辺境の、森で?」
「ハッ……『無限の内乱』の中でも特別な、一切の戦火に見舞われなかった奇跡の森だぜ。なんでそんなとこに死にかけでいたんだろうな、俺ァ。でもなあ」
トルトが動く。
歩いて、近付いてくる。
俺にも判るほどの、無防備で。
「っ……!!」
地を蹴り飛ぶ。
左足で床を割れんばかりに踏み締め、渾身の右を奴の顔面に叩き込む。
叩き込んだのに。
「――――ッ!!?」
トルトは、微動だにしていなかった。
体はぴくりとも仰け反っておらず――――皮膚さえも、歪みすらしていない。
皮膚の硬質化? いや、これはさっきと同じ――
「生きてでもいやがるのか、あんたの筋肉……!!」
「こうして変わってく体になって思うんだよ。俺を傷付けたのは俺自身じゃねーかって。俺は俺自身を、殺そうとしてたんじゃねーかって」




