「白の男」
数十分後。トルトが戻ってきた頃には……俺は既に、この鍛錬の過酷さを十二分に思い知っていた。
息切れ。早い心音。震える体。まるで限界まで全力疾走したときのように、体は疲労し腕は震え、魔石玉を支えるのでさえ精一杯な体たらくだ。
そんな俺の姿を見て、トルトが不愉快な笑みを浮かべた。
「よう。随分疲れてんじゃねぇか。始まる時のいけ好かねぇ表情はどうしたよ」
トルトの声は無視し、次の魔石玉に集中する。
……が、どれだけ踏ん張っても、もうその魔石玉を光らせるほどの魔力を集めることが出来ない。
「出せなくて当たり前だ。魔力ってのは言わば消耗品。使えば使う程減って、最後には切らしちまう。お前さんの魔力は全部魔石玉に移った、もう体内にほとんど残っちゃねぇ。おまけに精神と強くリンクした魔力だ、精神を極限まで削れば肉体もそれに引っ張られて大きく影響を受けるのは道理。お前さんが疲れてんのはそういうわけさ。その感覚が魔力切れってことだと、よーく覚えとけ」
「これが……限界」
魔力が尽きた、か。
はは。
いわゆる、MP切れってのはこういうことなんだな。
「魔法にも治癒魔法っつー系統があるが、こいつは長期的に、治癒魔法に特化した別の鍛錬が必要になる。つまり、戦闘のプロを目指す傭兵に本格的な回復魔法はほぼ習得不可能ってことだ。自分で引き際を見極められねぇ雑兵は死ぬぜ。あっさりとな」
「…………わかった」
こればかりは、ただ受け入れるしかない。
それほどに、トルトが俺に与えた鍛錬は合理的で、適正だと思えた。
――だが、それだけじゃ到底足りない。
「貯蔵した魔力は、自分の魔力なら吸収し直せる。疲労も多少は回復するから戻しとけ。出しまくったから入れる感覚も分かるだろ」
「魔力の量は、みんな同じなのか?」
「あ? 魔力量は個人によって大きく違う」
「魔力回路や魔力量を鍛えることは出来ると?」
「それなりにすりゃな」
「この魔石を利用すれば魔力の回復が出来るってことか」
「そんな長期の保存はきかねぇよ。つかお前、質問多――」
「では教えてくれ、どうすれば魔力や魔力回路を」
「う、うるせーな気色悪りぃぞ! しちメンドクセェ、俺の仕事はここまでだ後はテメェで勉強しろっ」
「お前は教師なんだろう。だったらサボらずに――」
たじろぐトルトに尚も迫ろうとしたとき。
そいつらは、俺とトルトの横を通り過ぎた。
最初に見えたのはグレーローブの二人。座り込んだ俺が見上げた先には、三人組の姿。
「――――」
右は活動的な服装をした、頭髪がオレンジ色のソフトモヒカンになっている少年。
左は黒髪のショートヘアで、動きやすそうな軽装をした大人しい顔付きの少女。
そして中心には――頭髪が黒と白で二分された、癖毛の強い鋭い目つきの少年。
俺はすぐに、自分が真ん中にいる白黒に目を引かれたのだと悟った。
左右の二人や他の生徒達とは明らかに一線を画した佇まい。
目線だけで、あの赤髪の男の襲撃を思い返させられる、心を恐怖に捉える切れ長の目。
そしてその少年がはためかせる――――
〝レッド、グリーン、ベージュ、グレー、そしてホワイト……この順で等級が高くなるわ〟
――光に輝く、ホワイトローブ。
「…………おーおぉ。遅刻してその堂々とした態度、神々しいねぇ。サスガ大貴族ティアルバー家のおぼっちゃまはやることがちげぇ」
「っ! おい先生、いい加減アンタ――」
「ロハザー。いつものこと」
「お前はいいのかよヴィエルナっ! ナイセストはティアルバー家の公務で――」
「戯言に構うな。ロハザー」
ホワイトローブの一言で押し黙る、グレーローブのオレンジ頭。
ナイセストと呼ばれた男はトルトを一切無視しながら俺達の横を通り過ぎ――すれ違いざまに俺へ一瞥を寄越したが、興味も湧かなかったのかそのまま通り過ぎていく。三人が足を運んだ場所では、グリーンローブの集団が彼らにスペースを譲っていた。
「……あれが四大貴族、ティアルバー家の嫡男だよ。関わんねぇ方が良いぞ。おーお、頭が痛てぇこった」
気付いた頃には、トルトは俺の前から遠ざかってしまっていた。追いかけようにも、今の俺には立ち上がるだけの力さえない。俺は仕方なく魔石を握り、魔力を体内に戻す作業に入る。
――ナイセスト・ティアルバー。あのホワイトローブの傭兵は、どれほどの実力なんだろう。
そんな疑問も、やがて目の前の鍛錬に飲み込まれ、消え失せた。




