「仮定、しかしそれは」
「……テキストには、魔女はもはや一人もリシディアには存在しないとあります。――例えば、リシディア国内に魔女がいたとすれば。その存在が明るみになった場合……二十年後の現在、どういう処置がとられるのでしょうか」
「今現在も魔女がいると、か。……今ここにいるお前たちは、もう内乱を、魔女を知らない世代だ。魔女狩りは忌むべき悪しき行動だったと認識されているし、魔女に関する悪法なんかも存在はしない。が……さて。リシディアという、『魔女に王族を殺された』という傷を抱えた国が、その魔女が目の前に現れた時……一体どんな反応を見せると思う?」
――「無限の内乱」の記述を歴史の教科書で見つけた時は、机上で頭を抱えて失笑してしまった。
一介の高校生でしかないはずのこの天瀬圭が、一体どんな国家的規模の陰謀に巻き込まれつつあるのだろうか、と。
俺が初めて出会った魔法的存在である魔女。それは、ことリシディアという魔法世界においてはなんと、関係をおくびにも出してはいけない禁忌だったのだ。
シャノリアとマリスタとの出会いの場で、もし魔女のことを口走っていたらと思うと……随分とまあ、随分とまあ薄氷の上を歩かされていたものだと思う。
だがだからこそ、新たな疑問が生まれた。いや、元からあった疑問が更に大きさを増した、と言うべきか。
王女の暗殺という、国家的大犯罪を、両国の平和への機運が高まるセレモニーの中で行うという派手な自殺をやってのけた一族の、恐らく生き残り。
なぜそんな大層な大層な一族の、大人から見れば年端もいかない少女が、全く無関係な世界の年端もいかない少年に接触し、あまつさえ唇を奪う必要などがあったというのか。
〝影に至るまで焼き尽くしてやるからよ――――!〟
改めて、担任と俺を襲ったあの赤髪の男を思い出す。
魔女とあの男は、明らかに俺のことを知っている様子だった。そしてその魔女は、無限の内乱という歴史的事象に関わっている可能性がある。
……その夜は、ほとんど寝付くことが出来なかった。
あまりにも遅すぎたが。そこで俺はやっと思い至った。ようやく気付いた。
俺の知らないところで、俺が関わっている重要な何かが、致命的に動き出している予感が急速に溢れだした。
その推測は、俺が信じた自分の世界を、残らず刷新してしまう可能性さえ持っていて。
――――あの魔女が、内乱に関わっていると仮定するなら。




