「そして火蓋は、」
――事実だった。
全力の戦い。
何も虚飾らず、何も偽らず、何も考えず。
貴族も大貴族も「平民」もなく、ただ目の前の相手に向かい合い、決着の一瞬を探し続ける――――闘いの感覚。
あの瞬間、ロハザーは風紀委員であることも、貴族であることも、ハイエイトであることさえ忘れ、マリスタとの戦いに没入していた。
「だから、私も。決心できた」
「け――っしん、だと?」
〝もし私の力で、そんな空気をほんの少しでも変える手伝いが出来るんなら……私に変えられるなら、やってみたいって思うの〟
〝……ねえ。私も、それ。一緒に、やっても。いい?〟
「迷ってた。私は風紀委員で、弱いけど貴族で。守らなきゃ、いけないもの。たくさん、あって。――そんな私が、行動を起こせるかな、って。起こして、いいのかな。って」
「起こしていいワケねぇ――いや、起こすべきじゃねぇ。ナイセストが言ってただろ、『今ある世界に、感情だけで歯向かうことは許されない』って。今のお前は、」
「私、もっとロハザーの笑う顔。見たいよ」
「――――、」
「私は風紀委員。そして、あなたの、友達。あなたや、みんなを、もっと笑顔にしたい。……闘うあなた、見て、気付いたの。ナイセストの目指す、場所に。笑顔は、ないって」
「…………そんなの、」
ロハザーの目に、ヴィエルナが遠く映る。
「感情だけで歯向かうこと、許されないけど。だったら世界を、変えていかなきゃ。その動機になるのは、いつだって感情だと思う。――行動し続ければ、変えていける。ケイはそれを、示してくれた」
――二人の灰色の前に、一人の赤色が現れる。
ロハザーが赤を――ケイ・アマセを見る。
圭も同じく、ロハザーを見た。
〝無駄に波風立ててないで逃げろバカ野郎が。テメェがもう少し物分かりよく頭低くしてりゃ、そもそもこんな騒動にはなってねぇ〟
〝これからは、もっと気を付けて生きよう。貴族でも『平民』でもないこの身の程は、十分思い知った〟
「……俺は言ったよな。『物分かり良く頭を低く、もっとカシコく生きろ』ってよ」
「あのときの了承は撤回することにした。大貴族が弱小貴族を支配する――その当たり前に、感情だけで歯向かおうとした弱小貴族に心を打たれたものでな」
「――……」
「監督官より遅れてんじゃねぇアホたれども。さっさと位置につけ」
通り過ぎざま、トルトが二人に告げる。スペース上空へと跳ぶトルトを見送り、二人は――灰と赤は、どちらともなくスペース内部へ歩を進める。
第二ブロックが、いっそう熱気と緊張感に包まれた。
視線を交わす灰と赤。
それを見つめる灰と赤。観覧席の、食堂の、プレジアの面々。
――その男も、実に愉快そうに顔をほころばせた。
「おやおや。そんなに楽しみにされていたのですかな? ティアルバー殿」
隣の初老が――プレジア学校長クリクター・オースが言う。
応じ、ディルス・ティアルバーは更に笑った。
「無論。あのような渇いた目を見せられては、否が応でも心は踊る――――さぁ足搔いてみせろ。誰とも知れぬ馬の骨よ」
クリクターがディルスから視線を外し、スペースを見る。
そして、それは始まった。
「では第二ブロック二回戦、第一試合。――――始めろ」




