「蚊帳の中」
ざわめきの正体は、眼前。
ナイセストの目の前に、浅黒い肌を持つ一人の少女が立っていた。
グリーンローブをまとったその少女は、一目見て緊張していると分かるほどに体を固くし、息の上がった状態。それでも少女はナイセストから目を逸らさず。
強く強く彼を睨みつけた後で、演習スペースに入っていく。
少女の棄権で、始まらずして終わると目されていた第三試合。
その少女がスペース内に入ったことの意味を、理解しない者はなかった。
会場の沸きようは、そうした番狂わせによるものであろう。
(ケイミー・セイカード)
少女の顔を、ナイセストは覚えていた。
二ヶ月ほど前、ケイ・アマセとビージ・バディルオン、及びチェニク・セイントーンの小競り合いをきっかけにした、貴族と「平民」の騒動の時、貴族への不平不満を声高に言い立てた少女である。
またも、ケイ・アマセの名がナイセストの脳裏をかすめた。
「………………」
ゆっくりと歩みを進め、スペースへと入るナイセスト。
観衆の興奮が空気を伝う。ケイミーは体を固くしながらも、唇を引き結んでホワイトローブと相対する。その腰には、一振りの大きなナイフが下げられていた。
「私もっ、」
震えを必死で堪え、ケイミーが口を開く。
「アルテアスさんのようになりたいから」
「………………」
実力の伴わない、空虚な言葉。
ナイセストは一切の反応を示さず、また一切の構えを取らず、意識を思考へと埋没させていた。
「それでは、第三試合――始め!」
(……なんでもない。結果は既に見えている)
精一杯の速さでナイフを構えて地を蹴り、雄たけびと共に突進してくるケイミー。
ナイセストは十分にそれを見切り、躱し反撃する力を備えている。
(――第二試合でも、俺は同じことを思わなかったか?)
避ける。
「だぁッ!!」
避ける。
「たあァっ!」
避ける。
「おおォ――――!!」
縦横無尽に振るわれるナイフを、ナイセストはただ避け続ける。
試合時間は一秒、また一秒と過ぎていく。
(どいつもこいつも)
観衆が言葉を失う。
一瞬で終わるはずの戦いが終わらず、刻一刻と時を刻んでいく。
ナイセストはケイミーを、ただ見ていた。
(どいつもこいつも、変わり始めている)
――どいつもこいつも?
他人に限った話だろうか、と白の少年は自問する。
貴族と「平民」の力関係に一石を投じたのは誰か。
貴族と「平民」の激突を、表面化させたのは誰か。
〝面白いではないか〟
ディルス・ティアルバーの心を躍らせたのは、誰か。
〝面白いぞ、ナイセスト。お前が馬の骨に劣っていることが〟
(――――俺の行動さえも変えているのは、誰か)




