「Interlude―86」
呼吸が止まる一瞬。
声色に確かな威圧を感じ、少年は後退った。
校医がゆっくりと一度、瞬きをする。
割れた瓶が、少年の靴底をえぐった。
「……あなただけを責めても仕方のないことよね。忘れて。どうせもうあなたは、『魔王』の物語に一生、現れることはないんだから」
「ま……何だと?」
校医が人差し指をクン、と曲げると、呼応するかのように机が、治療器具が浮かび上がり、元の位置へ、元の状態へと戻っていく。
彼はその様子を、呆けて眺めることしか出来ない。
「あなたはこの子と違って狂わなかったんだもの。その命を大切にして、息をひそめて生きていくのも悪いことじゃないと思うわ――――友達はしばらく目を覚まさない。これからどんどんケガ人も増えてくるわ。あまり長居はしないでね」
そう言い残し、校医パーチェ・リコリスは救護スペースを出る。
「ああそうだ、」
「……?」
「あなたはあの時アマセ君に勝ったけど、見ての通り、彼もそれなりに強くなったみたい。今日はティアルバー君とアマセ君の戦いも見られるかもしれないわね。貴族と『平民』の全面戦争に決着がつくって、プレジア中が沸いているわ」
動けない少年。
パーチェは含み笑いを残し、その場から去っていった。
「…………あいつが、ティアルバーさんと?」
馬鹿な、と一蹴する。
〝ビージ・バディルオン戦闘不能。勝者ケイ・アマセ〟
それが出来ない自分に、少年は愕然とした。
それが、ほんの十五分前。
(起こってたまるか。そんなことが)
否定しなければならない。
ケイ・アマセが、ナイセスト・ティアルバーと同じ舞台に立つ。
そんな事態を、彼はその目に認める訳にはいかない。
矜持にかけても、それだけは否定しなければならない。
そうした気持ちで、彼は再び第二ブロックのスペースへと戻った。
奇跡は一度だ。
次戦の相手が誰であろうと、ケイ・アマセは勝ち得ない――
〝残念だけど、私の限界はまだ先よ! ロハザー・ハイエイト!〟
――そう思い戻った彼の視界にまたしても、思ってもみなかった光景が広がる。
気にも留めていなかった、次戦。
スペース中央で立っているのは、グレーローブのロハザー・ハイエイト。
そしてその対面に立っていたのは、あろうことか――義勇兵コースですらない、マリスタ・アルテアスだったのだ。
(……僕はやはり、夢を見ているのか?)
何度も目をこすり、しばたいて、スペースを見る。
だが、その光景は変わらない。
悪夢は終わらない。




