「Interlude―84」
耳をつんざく怒声。
平時の余裕が微塵も感じられない獣のような叫びが、簡易ベッドに仰向けに寝たまま怒りに体を反らせ、白目を剥いて叫ぶ友から発せられている。
それを認識するのに、彼はまた少しの時間を必要とした。
ビージ・バディルオンが短気であったことは、彼にとってもよく知る事実である。
しかし、それも人間として限度のある程度での話だ。
眼前にいる大男は、ただの畜生も同然の状態だった。
体中の血管という血管を浮き震わせるように力み尽くし、あごが外れんばかりに口を開き、涎を垂らし唾を飛ばしながら、エビ反らせた上半身を痙攣させ喚き散らす、肉塊。
「――――――」
――彼は急速に、どこへも遣り様がない激情が、涙と共にこみ上げてくるのを感じた。
(……我々が……)
駆け寄る。
声をかける。
既に我も理性も忘れ、呼吸すら忘れて声を枯らす狂人と成り果てている友人に近寄り、両肩に触れて揺さぶる。
(……俺達が何をしたっていうんだ、神よ)
「邪魔だアアアアアァァァァッッッッ!!!」
「ッ!?」
一気に盛り上がった筋肉の鎧が、彼の両手を跳ね除ける。
「ビ――ビージお前、英雄の鎧まで――」
「アマセェッ!!!!アマセ、アマセアマセアマセアマセェェエエエェエェェゥェアアアッッッ――――!!!!」
「お――落ち着け。落ち着いてくれって、なぁ――」
「ショック療法が有効ね」
――ぐわ、と半身を起こした筋肉達磨の額に、か細く白い人差し指が置かれる。
首から遠く、筋肉の力が及びにくいその一点を押され、クン、とあっさり上を向くビージの顔。
自然、押した手の真下に来たビージの顎を――――猫の手のように握り変えられた細腕の掌底が、真っ直ぐ下に撃ち抜いた。
「かォ――――ッッ!!、!?」
「な――」
白目を剥き、外された顎をガバリと開けたまま、意識を飛ばしてベッドに沈む獣。
彼の目の前で、一撃にして猛獣を沈めてみせた小柄な女医――――魔女リセルが小さく息を吐き、打った手を一度だけ振る。
その視線が、彼を捉えた。
知らずのうちに、少年は身を固くしてしまう。
「あら、誰かと思えば。久しぶりね――――彼なら大丈夫よ。顎が外れたのと、軽い脳震盪で気絶してるだけだから。多少荒っぽくなっちゃったけど、あのまま怒り狂って脳の血管が切れでもしたら致命傷だからね…………ま、心の方は既に致命傷を負っているかもしれないけど」
「こ、心?」
「ええ」
校医は涼しい顔でそう言い、患者の見開かれた目と口を手で閉じていく。




