「異世界はいつも目の前に」
「虫唾が走るわ――言ったでしょ、『そんな異世界で戦いたくない』って。貴族とか『平民』とか、グレーとかレッドとか、そんなことどうでもいいのよ! 私はただ――……ちゃんと視て欲しいだけ」
「み――見る?」
「今ここに立ってるのは誰?」
マリスタが胸に手を置き、ロハザーの目を見つめて告げる。
自明の質問に面食らい、動き出さないロハザーの思考。
「な――そりゃ、お前……」
「大貴族? 貴族? グレーローブ? レッドローブ?――――違う。私にも、やっと見えるようになった。――今、ここに立っているのは大貴族じゃない。マリスタ・アルテアスよ」
「は――――」
「今そこに立っているのは誰?」
マリスタがロハザーを指さす。
ロハザーがゆっくりと目を見開いていく。
「……てめぇ」
「弱小貴族なんかじゃない。ロハザー・ハイエイトただ一人よ」
「――…………」
ロハザーが口を閉じ、マリスタを見た。
マリスタが笑い、ゆっくりとロハザーへ片手を伸ばす。
まるで、新たな世界に招き入れるかのように。
「大貴族じゃなくて、私を視て。弱小貴族じゃなくて、ロハザーを視て。そっちの世界が、どれだけ厳しくてキツいかは私には分からないけど……この異世界は、そっちよりちょっとだけ笑顔が多いわ。きっと」
「…………」
愚策なのは明らかだった。
その手を取ったところで、ロハザーが持つ問題は何一つ解消しない。
最下級と互角に戦った不名誉も拭えず、弱小貴族の汚名もそのまま残る。否、風当たりはより強くなる。
問題の先送り。
見て見ぬふり。
臭いものに蓋。
実質的には意味を持たない認識転換。
だが、彼は同時に気付いた。
変わるときは、きっと一瞬。
異世界とは、わずかな認識の違いの先に広がっているものなのだと。
「……は、」
ロハザーにこみ上げたもの。
それはいつ振りに、どこから来たのかも分からない、底抜けの〝朗らか〟だった。
「――そういうワケでッ!!」
突如、水の弾丸が放たれる。
しかしロハザーは、その一発の弾丸を――眼前に振りかぶった拳のひと薙ぎで、粉々に粉砕した。
水浸しになるロハザー。しかし彼は慌てた様子もなく、腕を薙いだ姿勢で静止している。
マリスタは気付かず続ける。
「やるわね!――もう一分あるかも分かんない。いつまでも浸ってる場合じゃないわよ、ロハザー!」
「――――――、――――――、」
「だったら私から――いくよっ!!」
マリスタが水の棒を構え、ひと跳びにロハザーに迫る。
俯いたオレンジに真っ直ぐ迫る所有属性武器。
しかしロハザーは、高速で迫るその一撃を――――目視することもなく、掴み止めた。
「!!」




