「やはり風呂はない」
「はい。ここがアマセ君の部屋よ。その魔石に手を当ててみて」
シャノリアに従い、直方体に模られた魔石に手を当てる。
紫とピンクの混ざった色をした魔石が淡く光ったかと思うと、カチリと音がして、寮室のドアが開いた。生体認識とは大層な技術だ……そのくせ一方では、王様が統治する王政国家だったり、日常的に傭兵が必要なほど世界が荒んでいたり……この世界の発展具合がいまいち解らない。
鋼板でできた内開きのドアを開ける。中は想像とそう遠くない一般的な寮室、といった風情。十歩も歩けば奥に突き当たる小部屋。簡素な勉強スペースに洗顔・シャワースペース――やはりというか、風呂はない――、トイレ――一応水が見えるから水洗のようだが、見たことがない形だ。これは慣れるまで時間がかかるかもしれない。地味に由々しき問題だ――、そしてベッドが…………二つ?
「おい、シャノリア。あのベッドは――」
「ああ。ここ、相部屋なのよ。個室が使える人は極僅かでね」
「誰かと一緒なのか?」
「ふふ。聞いて驚きなさい、ケイ。なんとここ、相部屋だけど――当分の間、ケイ以外誰も使う予定がないのよ!」
なぜか誇らしげにマリスタ。こいつ、知ってることを教えるときはやたらイキイキとするな。癖なのか。
「つまり……相方のいない相部屋ってことか?」
「正しくは、『相方が休学中の相部屋』ね。ここ、プレジアの生徒会長クンが一人で使ってた相部屋なのよ」
「生徒会長……が、いるのか。ということは、生徒会が……?」
「あるよ。生徒会と、風紀委員会。意外と権力強いから、活動も活発らしいよ。どっちもよく知らないけど」
特に気にする様子もなくマリスタ。だが、関係者でもない限り縁遠いのが生徒会というものだろう。
……しかし、その生徒会の長が休学中とは。
「別に詮索するわけじゃないが。何か病気なのか? その生徒会長は」
「ああ、病気とかじゃないの。彼の場合は……『公務』、って言った方がいいのかしら。お家柄、あちらも色々大変そうだし」
「……お家柄?」
「会長のギリート君は貴族で、家の仕事も大変みたいなんだ。家族も王国に仕えてて、手が離せないらしくって」
……キゾク。
それはやはり、高貴な一族、という文字を当てる貴族なんだろうな。
こんな世界だ、貴族がいたって何も不思議じゃない。
「ああ……アマセ君。貴族について教えるとね」




