「Interlude―56」
しかし、不安要素は大きい。魔法の扱いに関しては、体感で鍛錬の行程をある程度予想出来る――つまり使いこなせるまでに、どのくらいの時間が必要かが大まかに分かり、見通しが立てやすいということだ――が、武道のように体に動きを染み込ませる必要がある剣術となれば、かかる時間はほぼ未知数だ。
せめて、剣での戦い方を教えてくれる師でもいれば話は別なんだろうが。
そもそも剣を使う奴自体、そう見たことがない。その辺の生徒を捕まえても効果は薄いだろう。
……魔法を主体にした戦闘だって、まだまだ突き詰める余地がある。
師事出来る者が見つからない限り、剣術は最終手段として鍛錬するに止めておこう。
剣擬きから視線を外し、床に落とす。
氷塊は床に落ちる前に粒子状の魔素となり、床に散る破片と共に消えた。
◆ ◆
重厚な玄関の扉が、重い音を立てて開かれる。
中は薄暗く、通路の両側の壁にある小さな蝋燭が、点々と廊下を照らすばかりである。
後ろで扉を閉めた女中の少女に荷物と白いローブを預けて通路をまっすぐ進み、少年は突き当たりにある豪奢な木製の扉をノックする。
重い音が鳴るが、返事がない。だがそれもいつものことだ。
ノブに手をかけ、回す。廊下と同じく薄暗い室内は全ての壁が書棚で埋め尽くされており、大小様々な古めかしい本が整然と並べられている。
絨毯敷きの部屋の奥には、しっかりとした造りの暖炉――その傍。
部屋の主は、訪問者に背を向けるようにして立っていた。
「ただいま帰りました、父上」
「……ナイセストか」
帰宅を告げる息子――ナイセスト・ティアルバーに、暖炉の前にいたディルス・ティアルバーは――ティアルバー家の現当主は、背を向けたまま応える。
日々何千回と繰り返されたやり取り。
続かぬ言葉に会話の終わりを察し、小さく一礼するとそのまま扉を閉めようとして――
「ケイ・アマセ」
――突如父の口から放たれた言葉に、さしものナイセストも一瞬体を止めた。
「聞いたことがない名だ。何者なんだ」
……何故、貴方がそんなことを。
「……一ヶ月ほど前に編入してきた男です。素性は知れません」
――その通りだった。
所詮、風紀委員会が一介の学生が作った組織に過ぎないことは、ナイセストもよく理解していた。
全学生の情報を網羅しているといってもあくまで表面的な情報のみであり、学生の個人情報をかき集めたとしても、教職員が持っている情報と同程度かそれ以下のものしか集まりはしない。
――だからこそ、ケイ・アマセに関する情報が全くと言っていいほど集まらなかったのに、ナイセストは違和感を覚えたのだ。




