「Interlude―52」
「………………………………………………」
立ち尽くすマリスタから、圭はおもむろに視線を外す。
とっくに回復し小康を迎えているグリーンローブの少年へ息も絶え絶えに礼をつぶやくと、圭はマリスタの横を通り過ぎ、一人で訓練をしていたベージュローブの少年に近寄り、更に手合わせを頼み込んでいるようだった。
今にも血を吐いて倒れそうな圭に模擬戦を申し込まれ、当惑した様子で応対するベージュローブの少年。
マリスタは彼に現在の自分を映し見たような気がして、目を閉じると大きく息を吸い込み、吐き出した。
「ねえ、君ッ!」
「っ!? あ……あ。アルテアスさん」
「今度は、私と戦ってくれない?」
「……え! あ、あなたとですか!?」
「うん! お願いしますッ!」
「あぁぁ、頭なんて下げないでっ……ぼ、僕は無理ですよ。今ホラ、疲れてるし……連戦には危険ですし。それに、もう帰りますし」
嘘だと、マリスタはすぐに見抜いた。
時々こういう事態が、彼女を襲う。大貴族の令嬢であるマリスタを傷つけることで、自分や自分の家・親しい者達への報復が行われるのではないか……とマリスタを恐れ、腫れ物を扱うかのように接する者が少なからずいるのである。
しかし、ナイセスト・ティアルバーが委員長として率いている風紀委員会が「平民」を弾圧し続けている現状を考えれば、無理からぬことでもあった。
それが、代々積み上げてきた家柄を持つ、穏健派の貴族であれば尚更だ。
「空気を読め」。そんな視線を最後に残し、マリスタの元を離れていく少年。
マリスタは奥歯を静かに噛み締めたが、すぐに気を取り直し、別の人物へと積極的に話しかけていく。
マリスタは不思議と、気負いや焦りを感じてはいなかった。
諦めや、自棄ではない。
どれだけ覚悟し意気込んでも、ケイ・アマセは自分の先を歩いている――その理由に、マリスタが思い至ったからである。
(環境でも、才能でもない……カンタンなことだわ。追いつくとすぐ安心して止まっちゃう私と違って、あいつは――ぜったい止まらずに、どこまでも強く在ろうとしてるんだから)
――どこまでもいくのよ、マリスタ・アルテアス。気力が、魔力が、体力が続く限り。
相手が構える。所有属性武器を錬成し、マリスタは小さく笑った。
(私は弱い。だからって、「私は弱い」と口にすることはない。――――胸を張っていよう。いつだって今この時の私は、過去のどんな瞬間の誰よりも強い。そして、これからももっと強くなっていく――!)
そう思えばこそ。
マリスタに、圭を羨望している時間など、ありはしなかった。




