「本当の嘘」
不思議の国の住人たちにしてみれば、こんなにも剣呑な表情になるほど、ズレた問いかけだったらしい。
「…………あのな坊主。誰が今冗談言えっつったんだ。面白くねぇからさっさと魔力込めろ」
「真面目に言ってるんですが」
「ま、真面目に言ってんの、それ……?」
「だからそう言ってる。きっと記憶が――」
「……アマセ君。よく聞いて?」
黙っていたシャノリアが、言いにくそうに口を開く。
俺はそのシャノリアの様子に――ようやく、自分が「記憶喪失」では片付かない間違いを犯したのだと理解し始めた。
「魔力ってね、理論的に言うと難しい話になっちゃうんだけど……魔力を出したり込めたりっていうのは、人間が成長する過程で、当たり前に出来るようになることなの。……君が言った『魔力とは何ですか』っていうのは……『どうやったら足で立てますか』って言ってるのと同じことなのよ」
――やっぱり、そういうことか。
魔力を操る力。それはこの世界の住人にとって、種族として本能的に習得すべき――ハイハイや母国語、立つ、歩く、食べるなど――、持っていて当然の力だということだ。
ああ、くそ。
知らないことが、余りにも多すぎる。
「……シャノリア先生。本当にこいつ、記憶をなくしてんですかい? 記憶障害についてはちょっとかじってますが、これじゃこいつ、そのうち息の仕方でも忘れそうですよ?」
「わ、私も確かなことを知っているわけじゃないけど……知らないと訴えかけてくるこの子の目は本物でした。……きっと混乱しているのだと思います。まだこの子がやってきて一日足らず――」
シャノリアが、失言だったと言葉を切る。だが、それは少し遅すぎる。
「…………シャノリア先生。あんたこいつ、どっから連れてきたんですか。どうも私にゃ、その辺の孤児を引っ張ってきたようには思えない」
「あ、あの。それは――」
「……突然現れたんだ。この人の家の、庭の上空に」
シャノリアの言葉を遮り、トルトの前に出る。トルトが眉をひそめた。
「……庭に? 突然だと?」
「どこから来たのか、どうして来たのかまるで覚えていない。言葉も知らない、文字も分からない、時間も国も生まれも魔法も魔力も、全てが分からない。世間じゃこういう状態を、記憶喪失って言うんだろう?」
「…………」
……この男の目は、随分昏い。
自分が、もしかしたらとんでもなく危険な人物と相対しているのではないかという錯覚に陥りそうになる。そんな、見るものすべてを深い闇の底に沈めてしまいそうな、暗い黒い瞳。
そんな瞳から、しかし俺は目を逸らしたいとは思わなかった。
この嘘を正当化しようとは微塵も思わない。
だが、この思いは単純に本当だ。
「知りたいんだ、魔法のことを。この世界のこと全部を」
「……………………………………、ハァ」
どれくらいの時間が経った後だったか。トルトは短い間で大きなため息を吐き切ると、ひどく面倒くさそうに頭をかき、
――――――――その眼光一つで、俺の背筋に汗と悪寒を這い登らせた。




