「Interlude―35」
「助かったわぁ、ありがとねアマセ君。お礼しちゃうから、今度、夜中に医務室へおいで?」
「すみません、夜中は寝ているので無理です」
「あら、そうだったの?残念だわ、いつもお世話になってるお礼がしたかったのに」
「すみません、またの機会に」
「つれないんだから……」
「……………………」
まる。まる。ばつ。ばつ。まる。
シャノリアは自分のデスクで、受け持ちの教科である魔法学概論の採点を機械的に進めながら、向かいのほど近い場所に位置するパーチェ・リコリスとケイ・アマセ――もとい、魔女リセルと天瀬圭の会話に耳を傾けまくっていた。
筆記試験が終わり、一週間。実技試験も間近に迫ってはいるが――圭とリセルの間に渦巻くモヤモヤは、シャノリアの中で膨張の一途をたどっている。
モヤモヤの入口となったのは、二週間前の図書室で浮上した「疑惑」。プレジア医務室に勤め、そのグラマラスな体と蠱惑的な態度からFCまで結成され、出回る写真には学内で一、二を争う高値がついているという噂の校医パーチェ・リコリスが、突然プレジアに転校してきた美男子で、ナイセスト・ティアルバーを頭に頂く風紀委員会とたった一人で全面戦争を繰り広げる構えを見せている、同じく写真や映像が裏で高値で取引されているらしいレッドローブの学生ケイ・アマセとの間に、教師と学生の一線を超えた交わりがあることを仄めかした、という内容である。
書籍整理の為に一時図書室が閉鎖される事態にまで発展し、筆記試験前の学生全員に最大級の害悪として認知されたこの疑惑は試験期間中も学校中を駆け巡り、挙句教職員、初等部、果ては年少クラスの保護者の末端にまで知れ渡る事態となってしまった。
報道委員会の面々は筆記試験の勉強を不退転の決意でもって捨て置き、飢えた肉食獣の如くにただ真実を求めて圭とリセルに対する取材・張り込み・ストーキングを続け、一部委員が風紀委員に拘束される事態にまで発展したが、試験期間終了後にリセルが取材に応じて関係を否定したこと、報道委員達の試験を捨てた決死の調査によっても証拠が上がらなかったことから徐々に疑惑に対する学内の興味は下火となり、現在ではごく一部の者たちが疑惑について囁き合う程度である。
「………………」
当然シャノリアは、その「囁き合う者」の一人であった。




