「救いの手、桃色」
もう辛抱堪らない。
俺は文字通りの人海の中に潜り込み、とにかく図書室の出口を目指した。頭上で入り乱れる声、熱気、体。
……ホント、たった一瞬で何が起きたんだ。
あの魔女、何か変な魔法でも使ったんじゃあるまいな。
「!! ケイ・アマセがいないぞっ!」「探せッまだ近くにいるはずだ!」「逃がさないわよケイぃっ」「私見ました! わ、私のお尻を触っていきましたっ! きゃっ☆」「なにぃ?!?!」「あの色情魔が!!!」「どういうつもりよケイのやつ問い詰めてやるぅ!!」「出口付近だ! 『異端』を逃がすな追えっ!」「いや、この人込みじゃ触っちゃうの仕方ないのでは……」
群衆の足元をもがくようにして進み(信じられない。なぜ俺は図書室で溺れかけてるんだ!?)出口を探すも、人が密集し過ぎて方向感覚さえ失ってしまいそうだ。
呼吸さえ覚束ない中揉みくちゃにされ、本当に命の危険さえ感じ始めた時……冷たく細い手が、俺の手を掴んだ。
「こ――こっち!」
声の主に引っ張られるままに、人海に揉まれ――受付カウンターの内側に隠れるようにして移動し、関係者以外立入禁止と書かれた部屋へと、身を投げ出すようにして転がり込む。
仰向けになり、冷たい空気を吸い込み、吐き出す。――そこでようやく、俺を助け出してくれた手の主を認識した。
「だ……大丈夫? アマセ君」
「……助かったよ。パールゥ」
床に両膝を付き、俺の顔を覗き込んでくるパールゥ。
仰向けの視界の中で他には誰もいないことを確認し、俺は安堵に目を閉じた。
「ど、どこか痛いところはある? 少しなら――」
「大丈夫。特にケガは……」
指に、染み入るような痛みを感じた。
見ると、大した怪我ではないが指を擦り剥いている。揉みくちゃにされた時、どこかで擦ったのだろう。
……むしろ、これで済んだのは幸いだったのかもしれない。
「あ……血、にじんでるね。やってあげる」
「いや、これくらいなら自分でも」
「やってあげるっ」
パールゥに手を取られる。
少女は怪我をした指に手を翳すと、目を閉じた。
桃色の前髪がふわりと舞い上がり、やがて――緑色の光が、俺の人差し指を包んだ。水属性ではない治癒魔法――初歩の初歩として習う初級魔法だ。
短い時間で光は消え。
指には、傷の痕さえ見当たらない。
「……上手いね。俺がやってもこうはならないよ」
「た、たまたまだよ。私ネクラだから、細かい作業とかしか出来なくて」




