「ならぶ」
壁に背を預けている俺の手に右手で触れ、ぱたりとうつ伏せるマリスタ。
払いのける力も出ず、俺の指からマリスタの指へと流れていく水滴を、ただ眺める。
〝ありがとう、けいにーちゃん〟
……もう、痛まなかった。
そう。この手を払いのけられるだけの力を手に入れるまでは、俺に……この手を遠ざける資格はない――否、遠ざけることは出来ないだろう。
であれば……こいつが自発的に離れていくよう悪態をつき続ける以外、今の俺には遣り様がない。
難儀に過ぎるが、仕方無い。
「…………んっ。」
きゅ、と指が握られる。
「……おい、何のつもりだ」
「別にぃ。でも、この試合さ。まだ動けてる私の勝ちだよね?」
「……どうでもいいが、試合時間の十五分は過ぎてる。この場合はどうなるんだ?」
「え、過ぎてるの!? えっと、審判の判定になるよ、確か。でも、審判が見たってこれは私の勝ちだと思うなぁ。ひふふふ」
「馬鹿を言え、序盤に俺が見逃してやったことを忘れたのか。いいとこ引き分けだ」
「はいはい」
「お前…………――」
……無駄に心を動かすのはよそう。
復讐者である俺がやるべきことは、一刻も早くこいつを引き離す為に、今後の鍛錬に意識を向けることだ。
「あれ?? 認めた??」
「寄るなと言ったろうがこの――まだ動けるのかこの体力馬鹿め……何とでも言え。俺には関係ない」
「さっきまでムキになってたくせに~」
「俺は変わらないぞ。お前が並び立っていようがいまいが、必ず目的を果たす」
「はいはいはーい…………しょ、っと。ふう、やっと一息つけt……」
マリスタがやっとのことで俺の隣に腰掛けて壁に凭れ――――だらしなく小さな口を開けたまま、急に黙り込んだ。
「……………………アーツカレタナーアレーカラダガー。」
……かと、思ったら。
何を思ってか、マリスタは――――ぽすん、と、俺の肩に頭を預けてきた。
濡れ湿った頭が少しの冷たさと、じわりとした体温を伝えてくる。
「………………おい、何のつもりだ離れ――」
「勝手にすればいいよ」
「何?」
「勝手にすればいい。私も勝手にしますから。…………でも」
マリスタが、頬擦りするように身動ぎし、俺の手を弱々しく握り込む。
形容し難い少女の匂いが、鼻腔と肺を擽った。
「――ちょっとでも、こっち見てほしいな。ケイ」
――それきり、マリスタは声を発しなくなった。
どうやら気絶したらしい。
「………………」
小さく上下する、マリスタの体を漫然と眺める。
…………ナタリーに見られたら殺されそうだな。
ヴィエルナの時、こんな状況にはもうなるまいと誓ったはずなのに……情けない話だ。
「……今度こそ誓おう。次誰かとやる時は、動けるだけの余力を残して勝つと」
一人、空間に言葉を投げる。
その声に呼応するように、演習スペースはゆっくりと自己修復し始めるのだった。
……早く戻れ。体力。
こういうよく解らない時間は、好きじゃない。




