「剥がれゆく」
「……嫌になるな。自分の無知が」
何度繰り返したか知れない自傷が口を突く。
だからこそ、克たなければいけない。こいつにだけは。
「おいつめたっ――もう逃げ場はないよ、ケイッ!」
こいつは俺を高みへと導く助けにならない。こいつは――
〝けいにーちゃん〟
こいつは――俺の歩みを止めようとする、最も許せない敵だ。
やっと歩き始めた俺を。
やっと前へと進める俺を。
まるで大義であるかのように、使命であるかのように独善を振り翳し、歩みを――歩む心を叩き潰そうとするお前などに、俺は決して負ける訳にいかない。
〝ずっとずっと、俺が守るよ。父さんも母さんも、メイも!〟
「ッ!! これを避けるなんてっ」
「凍の舞踏」
友達だと?
「!? ウッソ棒が凍っ――――」
……何も求めていないだと?
「凍の舞踏――――ッ!」
…………復讐なんてさせない、だと?
「!? 自分の手を――あ、兵装の――――」
――――――――何も知らねぇくせに、テメェ。
「ッ――――消えろォオオオオォォォオォォォォッ!!」
障壁を突き破り。
マリスタの顔に、氷のグローブが深々と叩き込まれた。
轟音。砂埃が舞い、コンクリート片が足元に散らばる。
それを見てようやく、それが自分の拳の威力であることを思い知った。
途端鮮明になる右手の焼けるような痛み。
右手首を握り締め、氷を解こうと意識を集中させ――――
また胸に、疼痛が走った。
「痛っっ――――たいなぁッ!!」
「ぐグッ――――!!?」
視界が一瞬、ブラックアウトする。
眉間にとてつもない衝撃。脳が割れそうな重さ。眼球が陥没してしまいそうな圧。回転、そして――耳を劈く、肩が砕けるような巨大な崩壊の音。
俺はマリスタに殴り飛ばされ――背を打ち付けた壁を破壊していた。
「ぅあァ――がは――ッ……!!」
頭からジワリと染み出た大きな痛みが、体中を駆け巡る。
英雄の鎧下にありながら、これほどまでにダメージが大きいとは……!
「はぁ……はぁっ。ふふっ、痛かったでしょ。同じくらいの魔力放出でなぐったもんね。あたたた……」
マリスタの右の額から、一筋の血が流れている。俺も右瞼に流血を感じ――――そこでようやく、自分の右目がほとんど見えていないことに気付いた。
目が潰れたような痛みは感じない。一時的に腫れているだけだろう。
「っ……うわ!?!? 血ィ出てる!!?」
「……額は一番出血しやすい部分だろ。そう気にすることじゃない」
「うぅ、クラクラしてきた気が……って。うわケイも出てんじゃ――――」
マリスタがピタリと動きを止め、無言で血を拭うと、神妙な顔で俺を見た。
「ごめん。ちょっち取り乱しすぎた。義勇兵コースなんだから、このくらい当然よね」
「……………………」
「やは、でも、……声の震えは取れないなこれ、あはは。カッコ付かないや、笑わないでね」
「…………お前。ホントになんでだ」
「え?」
「なんでそうまで食い下がるんだ。どうして俺にそこまでこだわるんだ」
「何回も言わせるなって言って――」
「それはさっき聞いた。お前、友達って関係を美化しすぎなんじゃないのか。誰も彼もがお前のような少年誌の世界で生きてると思ったら大間違いだぞ」
「あーあー、シンカクカとかショウネンシとか難しい言葉は分かりませーん」
「現実を見ろ。……お前の献身は、常識の域を超え過ぎてる」
「む、難しいこと言われても分かんないったら……でも、そうだな。確かに、『友達』って言うのは違うとこもあるかも。他の言葉で言えば…………そう。『恩人』だ」
「…………恩人だと?」




