「背水」
「あの女は手始めに過ぎんぞ、貴族クラブ共。この俺を怒らせたんだ、誰一人助かると思うなよ。丁度数か月後に実技試験があったな――――末端の枝葉から中枢の幹まで。害虫に冒されて腐りに腐った大木を、木の葉の一部も残さず根こそぎ焼き払ってやるから覚悟しておけ。羽虫共」
てめえええぇぇぇぇぇええぇェェェエェエェェェェエエッッッッ!!!!!!!
俺の息の根を止めんと突っ込んでくる怒り狂った腕、腕、腕。
ローブの袖部分が引き千切れていく、音がした。
腕は俺の胸倉をそれぞれに掴み上げ、俺の体を持ち上げる。
野次馬の中から悲鳴が上がり、いつかのように風紀委員を、教師を呼べという声が聞こえてくる。
模範的姿を求められる風紀委員が俺を殴れるはずもなく、引き裂かんばかりにローブを握り締めた手と、射殺さんばかりに俺を睨む目だけが、憎悪を燃やして震え続ける。
例に漏れず、ロハザーもだ。
「テメェ……分かってんだろうな。今後ひと時たりとも、この学校で安息の時間があると思うなよ。『異端』ッ」
「……存外浸透してるんだな、その呼び方。だが甘んじて受けよう。俺とお前達はこれから、晴れて敵同士なんだからな」
笑う。視線がぶつかる。
もうすっかり慣れてしまった、殺気という圧。
これで、練習相手には永久に困るまい。
「おい、何をやってんだお前達ッ!!」
黒いローブの下に、茶色の服装がよく似合っている男――歴史担当のファレンガス・ケネディ教諭だ――が俺とロハザーの間に割って入り、たった一人で十人近い集団と俺とを引き剥がす。
俺はローブを整えて踵を返し、寮へと続く転移魔法陣へと乗り込む。
「おい待て、アマセ」
「解消の無い小競り合いです。落ち着いて話したところで解決しませんよ。失礼します」
「何が解決しないだ悪魔が!!!」「恥を知れ!!」「覚えていろこの借りは億倍にして返してやるッ!!「テメェ逃げるな今すぐに俺と闘えッ!!」「生きて実技試験を終えられると思うなよ貴様「お前は風紀だけではない、ナイセスト・ティアルバーにも宣戦布告したのだ!!」「勘違いもいい加減にし「穏便に話してやってたら調子に乗りやが「お前が俺達にかなう訳ねェだろうが雑魚が「アアァァァアァアアアァァァアァァァァアアァァッッッッッ!!!「殺してやる!! 一族郎党根絶やしに「何の後ろ盾もない「魔法も使えぬ「テインツとキースの借りは必ず「首を洗って「待っていろよ「ケイ・アマセエェェェェッッッ!!!!!!!」
――――心地よい雑音は、すぐに静寂に変わる。
貼り付けていた、精一杯の邪悪な笑顔が落ちる。
「……顔、引き攣ってやがる……」
手でローブの袖下に触れてみる。意外と大きな穴が空いていた。
胸倉を掴まれ引っ張られたことで、過度な負担がかかったのだろう。
直すのはそう手間じゃない。普通にしていれば、そう目立つこともない。
まったく。
「……上等だな。一歩踏み出した証としては」
一筋縄ではいかないな、魔王道というやつは。
「……精々利用させてもらうぞ。風紀委員会」
◆ ◆
「……今、なんて言ったの? マリスタ」
「も、もうっ! 何度も言わせないでくださいよ先生っ――私は、」
「マリスタ・アルテアスは、義勇兵コースへの転属を希望します!!!」




