「しょくぎょう:まほうつかい」
マリスタに続いた俺が言い終わらないうちに、書類を用意し終えたらしいシャノリアが得意げにこちらに向き直った。
「何も心配いらないわ。プレジアは、学ぶ意欲のある者は分け隔てなく受け入れる――そういう方針を売りにしている場所なんだから」
にっこりと微笑む幼顔のブロンドが、なにやら小さな封筒を手渡してくる。読めない文字に、裏にはいつ押したのか赤い封蝋。
出来すぎた仕事の速さに、俺はうんともすんとも言えずにその封筒を受け取ってしまった。
「校長先生への紹介状よ。これできっと、あなたは入学を許可されるわ」
「だ、だから俺には、学用品を揃える金も――」
「心配いらないって言ったでしょ? 生活・学習に必要なものは全て、学校側から支給されることになってる――びっくりでしょ? 世界中探したって、そんなのプレジアだけなのよ? でも安心して、前例だって沢山あるんだから」
……そんなことがあるのか?
この、中世チックな王政国家の中で?
「それに、悪い話じゃないでしょう? 私の家にいつまでもいるわけにもいかないだろうし、見学よりも入学した方が、記憶も早く戻るだろうし」
「ん? そういえば、アマセ君って何歳なの?」
「じ、十七だ」
「十七歳!? わあ、私と一緒だ! それじゃあ、同じクラスになることもあるかもね! うわ、イケメンと一緒のクラスとか!!! すご!!」
「こら、はしゃがないの。……でもアマセ君、どうしても嫌だと言うなら断っていいのよ? そうじゃなければ、どこか最寄りの町や村の――」
「いや。それでいい。俺は、プレジアに入学する」
シャノリアの話を遮り、告げる。
考えずとも、それがこの上ない話であることは明らかだ。魔女が探せと言った場所に、堂々と居ることが出来る。
そもそも、俺はこの世界について――リシディアという国についての情報を知らなさすぎる。しっかり腰を落ち着け、魔法などについての知識を得ながら今後について考えられる環境は、今の俺に必要だろう。
――しかし、待て。
「さて。じゃあ話もまとまったことだし、お腹空いたでしょ。そろそろ夕飯にしましょうか。マリスタも今日は食べていきなさい」
「待ってましたっ!」
「もう。あなた、実はうちで夕飯を食べる為だけに来るようになってない? 言わせてもらいますけど、あなたはアマセ君のことよりもう少し自分を――」
「なあ、シャノリア」
「ん? どうしたのアマセ君。何でも聞いて」
「いや……その。学校に紹介してくれるのはありがたいんだが……プレジアは、魔法を学ぶ学校だと言ったよな。ということは、俺はそこで何を」
「……あら、改めて確認するまでもないでしょ?」
シャノリアは何でもないという風に――いや、実際彼女にとっては、何でもないことなのだ――俺の目を見て、
「あなたは魔法使いになるのよ。アマセ君」
そう、言った。
「正確には魔法使い見習いだけどね。私と同じーっ」
「同じなわけないじゃないのっ。マリスタはもう入学して十二年目でしょ」
「じゅ、十二年はリアルだからやめてくださいよぉっ! せめて最上級生と言ってくださいっ」
「俺が……まほうつかい……」
――なんて、滑稽な。
魔法使いのイメージが頭を駆け抜ける。
杖を持ち、火の玉や氷、電撃や風の呪文でモンスターを倒す、老人の姿。
何も解らず魔女に迫られ。
訳も解らず男に狙われ。
どことも知れない場所に飛ばされ。
そして今、俺は何も知らないまま――摩訶不思議な世界で、魔法使いへの一歩を踏み出したのか。




