「草の根の懐柔」
思わず息を呑んでしまう。
「外の方々はあなたの? 怖かったですわ」
「質問で返すな」
「……仮にも医者ですから。知識は常に更新していますわ」
「大貴族の俺でも知り得んことを一介の校医が知っていると?」
淡々とした、しかしとてつもない圧を感じる話し方と身長差で詰めるジレイ。
しかしリセルはパーチェ・リコリスの笑みを崩さない。
「恐れながら、ディノバーツ家当主様は全知全能でおありで? 職業人には誰しも専門がありますわ」
「ナイセスト・ティアルバーは何も知らない風だったぞ? この悍ましい魔術の開発者でありながら――いや。或いは、作品に過ぎない息子には何も知らせていないか?」
ジレイがディルス・ティアルバーを見る。
ディルスは視線さえ合わせることなく、その薄い笑みと無言を崩さなかった。
「……相変わらずの狐だな。つくづく信用の置けん男だ」
「――ともかくその子が呪いにかかって以後、私は先駆者であられるコルトス・ベインウィ医師によるご教授も受けています。その過程で詳しくなったに過ぎませんわ。疑り深いことですのね、ディノバーツ家当主様は」
「…………パーチェ・リコリスか。まあいいだろう」
「k勝手に判断するな。国の大事だ、余が決める」
「これはご無礼を」
「ではそういうことで、彼は預けていただけますわね陛下? 一刻も早く対応せねば命に関わりかねません」
「よきにせい」
「ありがとうございます」
「助けにはkかか感謝しよう、ジレイ・ディノバーツ。だがkココウェルの言う通り、たああ戦いが終わってから一体、何をしに来たのだ」
「助けが必要だろうと思って来たまでですよ。アルテアスにも、イグニトリオにも、ティアルバーにも出来ないであろう――――『助け』が」
――大量、の。
大量の足音が、城内へと踏み込んできた。
『!!!』
城内の全員が身を固くする中、現れたのはめいめいに鎧やローブを着込んだ戦士達。
アルクスのそれともまた違う気配を、そして統率を窺わせるその集団は一糸乱れず、ジレイ・ディノバーツの背後に整列してみせた。
成程、恐らくは戦後の支援や救助の人手を連れてきたという所だろう。
だが、こいつらの物々しさはまるで――
〝現在明確な文書こそ出ていませんが、国王は傭兵組織の解体を望んでいる、と数年前に演説の場で仰っていました〟
――アドリーの言っていた、「軍隊」そのものじゃないか。
「ッ――――止めさせなさいディノバーツッ!!! 誰が城内への侵入を」
「心中お察しいたします、殿下。ですがどうかご理解賜りたい――――我々『カストラ』は一切の私心無く、ただ王都の救援を志してこの場にいるのだと」
ジレイが「軍団」の中央で両手を広げる。
「物を。人を。今リシディアは欲しているはずです」
「……!」
「動け」
『了解』
『!!!』
ココウェルの目が揺らいだ瞬間を見逃さず、ジレイが命じ。
ギルドマスターの指示に、「軍団」は一気に動き始めた。
「待っ――待ちなさいっ、誰が許しを――」
「でeeディノバーツ貴様っ、誰が――」
「申し訳ございません。これ以上――」
「ケガ人はこっちへ! 治癒魔石を準備しています!」「これから順次食料の配給を行います!」「開けた場所に簡易的なテントも準備しています! もう少しお待ちください!」「緊急連絡用のかなめの御声力場を用意いたします! 離れ離れになってしまったご家族等への連絡にお使いください!」「仮設トイレとシャワーがじきに設置完了します! もうしばらくお待ちください!」「医者が回ります! 疲労の強い方、ご気分の悪い方はいらっしゃいませんか!」「王宮魔術師長、イミア・ルエリケ様ですね? 我々が手足となって動きます、ご指示をお願いいたします!」
「――苦しむ国民を、見るに堪えませんでしたので」
「……!」
「っっ……」
――リシディア二人が押し黙っている間に、大勢の避難民が救われていく。
もはやその流れを止められないことは、誰の目にも明らかだった。
「このまま。続けてもよろしゅうございますね?」
 




