「当惑の終戦」
「……死んでますわね。今度こそ、やっと」
雨に濡れ、重みを増した黒髪の下で、イミア・ルエリケは苦虫をかみ潰したような顔でそう結論した。
心臓も止まっている。
脈も無い。
妙な力の波動も無い。
雨で、すっかり血の洗い流された肌は土気色で生気など無く、まるで人形のよう。
斃れたバンターと言うらしい復讐者は、とてもつい先ほどまでこの国を滅ぼしかねなかった人間とは思えぬほど力無く、およそ人間とさえ思えぬ様相で、雨の降り込むヘヴンゼル城の床に転がっていた。
遠雷がその場にいる者達の中に鳴る。
イミアはそこで、王宮魔術師達に肩を貸されながら現れた副王宮魔術師長、レヴェーネ・キースを認めた。
「……動ける体でないなら、むしろ寝ていてくれた方が助かるのですけれど」
「はは、こんなときまで手厳しい……手伝えることは?」
「山と。とりあえずその棒のような体は捨て置いて、貴重な人手を浪費しないでくれると助かりますわ。司令塔として働いてくださるかしら」
「承知です。――みんなもういいよ、ありがとう。まずは……王女を」
レヴェーネの言葉に、イミアが視界の端で王女を捉える。
リシディア第二王女ココウェル・ミファ・リシディアは、復讐者を何かよく解らない力でどうやら倒したらしいプレジア魔法魔術学校のいち学生、ケイ・アマセに駆け寄っていったリリスティア・キスキルについていけず、腰が抜けたように地べたに座り込んだまま――――いのいちに雨露しのぎの布をもって歩み寄ったナイセスト・ティアルバーと同じ当惑を胸に、横たわる学生と復讐者をただ眺めているようだった。
(……呆けてしまうのも仕方ないわね。あんな気狂い同士の取っ組み合いを最後に見せられて、一体何をどう処理すればいいのか。私達にもさっぱりだもの)
イミアが視線を巡らせる。
目の前で、よく解らない光景を見せつけられてはや五分ほどか。
増援に、王家を守るためにと駆け付けた狂宴の目撃者達は、いまだ目の前で繰り広げられた光景を脳内で処理できず、固まっている者が大半だった。
戦いの終わりを告げるのは、鬨代わりに鳴る雨の音ばかり。
ナイセストの父ディルス・ティアルバーも、その光景に普段の不遜な軽口さえ叩けないままに、再び半壊した城門の付近へ現れた。
「……天下の大貴族様にしては遅い帰りですわね」
「……殿下は無事なようだな。何よりだ」
「『命令』は遂行できましたの?」
「この喪に服してでもいるような静けさは何事だ? 先の規格外な魔力が原因か?」
「(聞いてるのはこっちでしょうが…)…なんと申し上げればよいか。ひとまず固まっている連中の尻を叩いていただけると助かりますわ」
「動ける者は上階へ! 逃げ遅れている者がいれば最優先で救助するんだ!」
座り込んだレヴェーネの指示が飛ぶ。
その声に応じ、動ける者を中心に場へ生気が戻り始めた。




