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「螯ケ」



俺は修道院近くの簡単な道場を住処にあてがわれ、そこで廃れかけていた古武術の師範代として働かされることになった。これまで我流で磨いた――否磨かれざるを得なかったこの力が古武術の術理によって体系化されていくのにむず痒い感覚を覚えながら、「へたくそしはんだい」として子ども達、そして若者達と交流を重ねた。治癒魔石によって一命をとりとめたサニーもよく顔を出し、俺と同じく孤児である子ども達の食事や勉強の世話を焼いた。これまで二十数年の荒んだ生活が嘘のような穏やかな暮らしは、俺から角が立つ気性を確実に削り取り――――そんな折だった。天涯孤独だと思っていたこの身に、妹がいるかもしれないと知ったのは。「トラビダ」。もう思い出したくもない「アンダンプ」でとある組織を壊滅させた血の一夜、その後処理に追われていた憲兵隊にツテを持つ男、俺とサニーを助け出してくれた神父カルマンによって不意にもたらされた、たった一人の肉親の名前。どうやら今もアンダンプの闇の中を彷徨っているらしきその少女を探したいという俺の想いをサニーとカルマンは大いに汲んでくれ――俺は初めて、誰かを助けるためにこの力を使うことになった。闇に繋がる孤児院で生き延びた年端もいかぬ少女が、生きるために何をしたか、何を使ったか――サニーの過去をよく知る俺には想像に難くなかった。滅ぼした組織の仇討ちの目をかいくぐり、組織が残した僅かな資料を頼りにか細い糸を切れぬようそっと、そっと手繰り寄せ続け――まるで運命に導かれるように、俺は妹トラビダ・マッシュハイルの下へと辿たどり着いた。だが目の前に現れた肉親に最初に与えられたのは希望でなく絶望――妹は俺の胸へと深々と凶刃を突き立てたのだ。何かに向けられた怒りをむき出しにした実の妹に滅多刺しにされ遠のいていく意識の中、俺はその事情を知る――――俺が妹を探していることを知った組織の残党連中が妹へ先回りし、妹をそそのかしていたのだ。妹も俺と同様、これまでの生で多くのものを理不尽に失い、奪われていた。重なるのは、人から奪い壊すことでしか己を誤魔化すことができなかったほんの少し前の己の姿。破壊しかもたらさぬ己の無価値に怯え、その孤独を誰とも分かち合えなかった俺は、サニーから差し伸べられた手によってこの生に価値を見出せた。光の世界へ歩み出すことができた。教えなければ。妹に世界の素晴らしさを。子ども達の愛くるしさを。武器として以外の武術の意味を。人を愛することの充足と希望を。与えられた無償の愛を、今度は私が別の者達へ分け与えていく番だ。俺は傷が癒えるのも待てず、妹を再び探し出した。俺が語り掛ける希望を受け入れられず、妹は容赦なく俺を叩き、叩き、叩いた。だがそのどれもが悲痛の色を帯びているのを、今度は俺もしっかりと見て取ることができた。俺は妹にただ詫びた。お前を長く一人にしたこと。探すことさえしなかったこと。存在を知りもしなかったこと。こんな形でしか助けられないこと。助けるのにとても時間がかかってしまったこと。今になって、会って間もないお前をこんなにも家族として愛してしまっているその突然さ――――どの言葉も、いきなり向けられては拒否感を覚えられて致し方ない。組織の残党を滅ぼし誤解を解いた後も、妹は俺を否定し傷付け続けた。傷付き続けた。闇に浸り続けた者にとっては、僅かな光も眩しすぎて直視出来ないものだと俺はよく識っている。その上女の身の上で、心と体をすり減らしながら生きてきた妹だ、その「呪い」はそう簡単に解けはしない――――自分一人でどうにもならないときどうすべきか、俺はもう知っている。だから妹にも身を以て知ってもらうことにした。世界の素晴らしさを。子ども達の愛くるしさを。武器として以外の武術の意味を。人を愛することの充足と希望を。

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