「霑キ縺??」
「あなたはそうして人を叩いて、自分を痛めつけるんですね」それが彼女にかけられた初めての言葉だった。俺は生まれつきガタイが良かった。孤児だった俺は、その体から生み出せるもので生き延びる他やりようも無かった。物心ついて最初に覚えたのは人の殴り方。人からの奪い方。自分の命を懸けて、何かを得る行い。自分が得るために、今日を生きる為に他人の生を壊すことに何の躊躇いも無かった。だが幼き日の俺は唯一、それを自分がし返されるかもしれないということを勘定に入れ忘れていた。大人連中からしてみれば、俺達は厄介な少年犯罪集団でしかなかったのだろう。俺達は捕まると同時に別々の施設へと預けられ、以後一切再会することは無かった。彼らに二度と会うことができない、悪友とはいえ引き裂かれる絆――その感情を俺は上手く処理できず、ただ大人達への憎しみだけを募らせていった。引き取られた孤児院も結局は子どもを食い物にするろくでもない所で、物心もつかない少年少女の虐待される声は絶えなかった。そんな奴らが、平気な顔で正義面をし、今尚各地から望まれない子どもたちを集めて回っている――そんなことは断じて許されない。義憤に駆られ、教育の一環として取り入れられていた武道を死に物狂いで身に付け、いつか院長からすべてを奪ってやろう。その気持ちだけを糧に、俺達は夜を一つずつ越えていった。そうして正しく武を磨き、ライバルと闘い、寝食を共にし――――気が付けば、俺の中にはすっかり迷いが生まれていた。孤児院の中にも、当然俺と怒りを同じくする者達がいた。モチベーションという意味でその者達の中止であったはずの俺は、今やすっかり彼らに復讐の実行を煽られる側へと変わっていた。それがいわゆる「絆」という感情であったことを知ったのは、全てを失った後。迷いが仇となり事が露見し、孤児院が全壊するほどの大事件へと発展し――そして共倒れた。大人も子どもも死んだ。俺一人しか生き残らなかった。悲しくて、迷ってしまった自分が許せなくて――暴力と略奪の日々を送っていた俺の前に、あいつは――――サニーは現れた。サニーは修道院に併設された孤児院に勤める修道女だった。全く関係の無いはずの俺の死んだ仲間たちの墓を参って涙を流す妙な女。そして「迷い」に逃げない為に戦い続ける俺を咎める鬱陶しい女。「迷い」は「逃げ」だ。大抵の場合において、迷いはつまるところ一番安易な逃げでしかない。迷っている間は進まずにいられる。迷っていると言えば何も決定しない自分を納得させていられる。心の中では、とっくに答えが決まっている癖に。だがサニーは、その「迷い」を肯定しろと俺に言う。人が答えだけが出ていても前に進めないことがある、迷いとは進む為に必要な「答え以外の大切なもの」を探す過程なのだと。戯言だと思った。迷いに何の価値がある、価値があるなら――価値があるなら何故俺はこの無価値な繰り返しに惑い続けているのか、と。そして「あの日」は訪れた。友の墓へやってくると、そこには先に来ていたらしいサニーがいて――彼女は大勢の男達に囲まれて叩かれていた。サニーは悪人御用達の元売春婦だった。男達に金を貢がせ盗み、各地を転々として生計を立てる卑しい女だった。面子を潰された男達は復讐に燃え、彼女を連れ去った。サニーを人質に取られた俺は何も出来ず彼らに袋叩きにされた。もうサニーは戻ってこない――俺はその時初めて、俺の「迷い」はサニーと出会うためにあったのだと悟った。俺は「アンダンプ」に駆けた。奴らの中には見覚えのある顔がいた。俺がいた孤児院を経営していた大人とよく話していた顔だ。俺は何も考えず身一つで奴らの組織に乗り込み――――そして遅かった。サニーは薬を盛られ、奴らに散々輪姦された後だった。意識が飛んだ次の瞬間には組織は壊滅していた。一面の真っ赤な血の海に浸りながら、サニーはそれでも俺に手を差し伸べた。サニーにとっても、あの時間は俺と出会うための「迷い」の時間だったのだと知った。そこに神父だと名乗る男が現れ、治癒魔石を手にしてこう言った。サニーを助けよう。だから誓えと。もう二度と、俺のこの力を悪しきことには使わないと。サニーと共に、光への道を歩むと。俺は応え、サニーは助かった。俺達の長い長い「迷い」の時は、ようやく終わりの時を迎えた。




