「歩苦――――焼かれ溺れ裂かれ埋もれ打たれ」
生き残った王宮魔術師、すべての得物がバンターに向けられた。
「いい加減お止まりなさいな。死にぞこない」
王宮魔術師長イミア・ルエリケが、疲れ切った表情を気力と雨で覆い隠して告げる。
城門と城下を繋ぐ橋を挟んで対峙するバンターと魔術師達。
アルクス兵士長、ペトラ・ボルテールが一歩進み出た。
「……もうやめろ。お前の味方は全滅した――これは嘘偽りの奸計ではない。本当のことだぞ」
脅すというより、諭すような口調のペトラ。
濡れた銀の前髪から水の滴が落ち、褐色を捉える碧眼を同情に揺らす。
事ここに至り、一人で連合軍の前に立つ男が哀れに思えるのは無理からぬことだった。
ここまでいくつもの戦いを切り抜けてきたイミアもペトラも、先の光の爆発を受けた魔術師達も、各々それなりに消耗しているのは見て取れる。
しかし、彼らの前に立つ褐色の大男は――――彼の姿は最早、「消耗」などという言葉ではその荒れ様を言い表し切れない。
老人のように曲がり、見た目にも極度の疲労を訴えかけてくる腰。
折れているかのようにだらりと下げられた両腕。
上下する肩。
ズタボロの出で立ち。
月のようにボコボコの頭。
雨で多少流されていても、なお目に入る大量の出血。
そして戦況が、その明暗を更に色濃くする。
「……首謀者ノジオスは死んだ。黒幕バジラノも撤退した。城も城下全区も奪還された。全区の残党もナイセスト・ティアルバーが処理した。もう本当に……本当にお前を味方するものは誰もいない。誰もいないんだぞ」
孤立無援。
敵は連合軍全部。
否、この国全部。
もう無理だ。
たった一人で国を滅ぼせる人間など、存在しない。
存在しない、筈なのに。
「ッづ…………!!!」
どうして未だ、この男は歩みを進めているのだ――――
「アマセ君!?」
呪いが、俺達を焼き。
褐色が、一歩を踏み出す。
「――撃ち方」
イミアが命ずる。
魔術師達が詠唱を開始する。
リリスティアが俺に駆け寄ってくる。
「……駄目だ……」
「え?」
「ダメだ……そんなことをしても、そいつはッ――!」
「掃射!」
――絢爛の光が、稲光のように暗い雨の世界を奔った。
十数の魔術師により放たれた火炎、雷、水、風、土の中級は、真っ直ぐ死に体の褐色へと飛び――――男はすべてをまともに受ける。
『!!――――――ッッ!!?』
イミアらの驚きが驚愕に変わる。
遠目と光でよくは見えない。
だが動きを見る限り――――バンターは近付いている。
「――なん――」
火に焼かれながら水に溺れながら風に裂かれながら土に埋もれながら雷に打たれながら、バンター・マッシュハイルは瞬きひとつすることなく城を睨み続け、そこに何もないかのように歩き続けている――――――――
「――気でも狂ってるんですの、あの男は――――!!!」




