「リリスティア・キスキル――①」
「そんなことで、この生まれ持った力を……頑張って得た力を使っちゃいけないって、私は思うんだ」
怪我人をシャノリアの下へ運び、新たな負傷者へと向かう途中。リリスティアが、何かを口ずさむ。
それは俺の知らない歌で――知らないのに、思わず目を閉じてしまいそうな程心地よく響く静けさと、切なさを持った言葉だった。
「……よく考えてるんだ。私は何のために、この世に生まれてきたんだろうって」
「……別に、生まれてくること自体に意味なんて――」
「私ね。昔から魔法の才能が、ちょびっとだけあったみたいでさ」
リリスティアが、足と腕を十数か所も貫かれた重症のアルクスの肩を担ぐ。
目で促され、もう片方の肩を持つ。
シャノリアの下へ移動しながら、その横顔を見た。
ライブの時の華やかさとは違う、どこか逞しく――そして孤独な表情が、そこにあった。
「でも、それをどう使っていいのか解らなかった。解らなくて……知らないうちに、悪いことに手を貸していたこともあったの」
「悪いこと……? リリスティア、お前は……何をやってたんだ?」
「どんなに悪いことか、ってこと?」
「ああいや、つまり……プレジアに来る前は、何をしてたのか、ってことだ」
「……孤児院。あんまりいい思い出、ないんだ」
「……そうなのか」
……知らなかった。
そして、なんだか妙に驚いてしまっている自分がいる。
孤児院出身だったことに、じゃない。
こいつに――――俺の妹、天瀬愛依に瓜二つのこいつに、ちゃんと天瀬愛依とは違う過去があることに。
だが当たり前の話だ。
こいつはリリスティア・キスキルであり、天瀬愛依ではない。
天瀬愛依では、ないんだから。
「魔法をうまく制御できなくて、おまけに、孤児院の大人もあんまり……いい人たちじゃなくって。友達とも、上手くいかなくって……何のために生きてるのかな、こんな力いらないのにな、って…………すごく悲しかったの、今でもよく覚えてる」
「……それが、どうしてプレジアに?」
「見つけてくれたの。前の校長先生――クリクター先生が」
「見つけた?……クリクター・オースが?」
「だいぶ……前の話だけど。クリクター先生、色んな孤児院や子どもたちのいるところを回って、プレジアへの入学生を探してたみたいなの。そこにたまたま私が」
「そう……だったのか」
「うん。力の使い方とか、文字とか言葉とか、魔法とか……たくさんのことを教えてもらった」
「……孤児院では、言葉も教えてもらえなかったのか」
「言ったでしょ、あんまりいい人たちじゃなかったって。歌が上手なことも、クリクター先生に教えてもらって気付いたくらいなんだよ」
「……そうか。知らなかったよ――リリスティアにとって、クリクターは」
「ふふ。先生っていうか、『恩師』って言った方が近いかもね」
負傷者を運び終え、手ごろな柱の段差へ共に腰掛ける。
ツーサイドアップに結われたリリスティアの黒髪が、楽しげに揺れた。
「プレジアの先生たちにも、たっくさんのことを教わったの。世界のこと、面白いこと。美しいもの、正しいこと、悪いこと、本当にたくさんの……大切なものを、与えてもらった」
「…………」
「それを守るためになら、どこまでだって頑張れるって気付いたの。だから義勇兵コースを選んだ。私の力で、大切なものを守るために。もう二度と人を、この世界を、自分を。傷付けないようにするために」
「…………そうか。すごいんだな、リリスティアは」
「君だって同じでしょ?」
「――――――――――――え、」




