「それぞれの正念場」
声がしたのはその場の片隅、わずかに差したテントの影。
ずるり、とはい出るようにして――ディルス・ティアルバーは救護施設に現れた。
「ディ――」
「あッハ――」
「ほォん?……おおん!? 貴様、ディルス・ティアルバーか! どうなっとる、捕まっとるはずじゃ――」
「うお、ホントに来てるよ――おい待て、動くなッ!」
事情を知るアルクス数名が駆け付け、警戒を保ったままディルスをにらむ。
当のディルスは首などをゴキゴキいわせながら、何の興味もなさげにアルクスへ視線を返した。
「『動くな』か。私にかける言葉としてこれほど月並みなものも無いな。退屈な連中だ――さて。バニング・ロイビード」
「!?……な、なんだ」
「……嘆かわしい程の連携不足だな……よい、さっさと危篤者を出せ」
「危篤――」
「ペトラ・ボルテールに請われ、協力の証を示すためここへ来た。イグニトリオに貸しを作れると聞いているが?」
「――! いや、だが彼は首を――神経を傷つけられていて……」
「……成程。私が呼ばれるわけか」
「何とか……できるというのか?」
「我ら大貴族は国を導く存在。貴様等凡愚のように、人体実験を外道とする倫理観など持ち合わせておらんでな。死ぬほど斬り刻み摘出したことがある」
「何を言って……、!」
「貴様の人体への医術と、我が人体への知見。そしておあつらえ向きに……危惧もそれなりに揃っておるようだな」
「……すぐに用意をする! リコリス先生ッ、ティアルバーにイグニトリオ君の状況を伝えておいてください!」
「……これが希望を捨てなかった結果?」
「え?」
「いえ何も。承知しましたわ」
「お願いします! いける、やれる……ここだ。ここが俺の正念場だ……!!」
バニングは両頬をピシャリと叩き、テントへと消えた。
リセルはそれを、少しの間見つめていた。
◆ ◆
『――――』
「こ……こいつらには殿下を殺せないだと? どういうことだ、何か証拠をつかんだのか?」
「いや。でもずっと考えていた――そもそもこいつらはどこから現れたのか、ってな」
「!」
「……普通に考えれば、お城の正面から、だよね」
「ああ。だが知っての通り、正面の城門には俺達も見張りを置いていた。いくらこいつらが兵器の力で姿を隠そうが限界がある」
「じゃあ……別の場所から? 窓を割って――」
「誰も音を察知できない筈はない。俺たちがそして恐らく……いっそ場所は関係ない」
「え?」
「時間さ。大事なのは」
表情の読めない正面の黒装束から目を離し、長髪の女を見る。
その表情は隠れているが――聞いてはいるようだ。
「……あんた。いつからこの城の中にいた?」
『!!?』




