「彼の見ていなかった1分」
不可視の弾丸に仮面を不意撃たれた黒装束が怯む。
すかさず盾の砲手を連弾し、立て直す間を与えることなく――――氷剣でその体を袈裟懸けに斬り裂いた。
「!」
堅い手応え。黒装束が下がる。
その装束にはわずかな裂傷がつき――その下に、ホログラムのような光をちらつかせる鎧が目に入った。
見かけによらず防御も固い。
顔は仮面、体は鎧と装束。
その重装備で、あれだけ動けるか。
つくづくとんでもない手練れだ。
斬るでなく突くべきだったか。アヤメの時のように――
| 《殺してしまうかもしれないのに?》
「ッッ!!? づ、ァ゛……!!?」
『?』
――久しく感じなかった気がする目を切るような電撃が、脳を走る。
畜生、こんな時に「痛みの呪い」の活性化が――!!
矢が目の前。
「ッッッ!!!!?」
紙一重避ける。いや、当たった。
こめかみと耳に激痛。そして――――側頭に喰らった蹴りで体が吹き飛ぶ。
大して天井が高くもない廊下の入口で、体が完全に浮くほどの勢いで以て壁に激突。
呪いも吹き飛ぶほどの衝撃と揺れに立っていられなくなる。
「う、ァ――!!」
膝が瓦礫と共に崩れ落ち、四つん這いの姿勢になる。
垂れた頭、耳から血が床に滴る。
追撃の代わりに俺に見舞われた第三撃は――大量の水だった。
「――!?」
突然の冷たさにぎょっとし、慌てて自ら逃れる。
見れば壁の中に配管されていた水道管が衝撃で破壊され、怒涛の勢いで俺のいた場所へと水が降り注いでいた。
黒装束は――もう廊下の曲がり角にさえ見当たらない。
「クソッ……!!」
「毒づいてる暇があるなら追えアマセッ!」
後ろからペトラの声。
勝手には消えてくれない自然の水で濡れた髪から水気を切りながら、黒装束の――ココウェルらの消えた廊下の先を見据える。
無事でいろよ、リリスティア――
「――ペトラ」
◆ ◆
砂色の廊下を駆ける。
長く続く廊下は階下へ階下へと繋がっており、降りるほどに暗く重い空気を纏い始める。理由はすぐに解った。
「……牢獄か」
牢番の番所のような部屋を通り過ぎ、更に階下へ。
物々しい鉄格子が見え始めた、その最初の曲がり角の手前で――ようやく魔波の乱れを感知した。
この奥で、リリスティアがあいつと――!!
「リリ――――ッ!!?」
驚きは、曲がった瞬間に迫ってきた出会い頭の背中へのもの。
慌てて地を飛び退り、対峙するに十分な距離を取る。
それがリリスティアやココウェルだったなら抱き止めていた。
そうしなかったのは、感じた魔波が――
「……お前、」
「っ……」
――吹き飛ばされて俺の方向へと飛んできたのは、黒装束だったからだ。
仮面の裏で咳込みながら、黒装束は油断なく自分を挟み撃つ俺とリリスティア、そしてココウェルを見た。
「ケイ!」
「アマセ君!」
「お前達、無事だ――」
――眼前の光景に、無事だったか、と言いかけた口が止まる。




