「決着の暴風雨」
シルクハットが、飛ぶ。
着弾する百の上級魔法が次々に爆ぜ、巨大な水の竜巻が王都全域に暴風雨を巻き散らす。
降り注ぐ大きな無数の雨粒にアティラスは思わず顔を覆う。
「ムチャクチャだ……大貴族とはここまでのものなのか……!?」
「……それだけじゃないな」
「何?」
「空を」
「空……?」
アティラスが薄く目を開け、空を見上げる。
そこにあった、戦場とは打って変わった突き抜けるような青空と白雲は――いつのまにか分厚い雨雲に覆われ、否、今もなお覆われ続けていた。
「……な……!?」
「精霊化の応用のようなものだろう。だがマリスタ・アルテアスが精霊化を習得しているといった話は聞かない。恐らく無意識での招来か」
「無意識に自然の力を従えた……!? あり得ないだろう、」
「規格外の才能故か、はたまた……だが、」
すっかり水浸しのガイツが、洗い流されていく血と共に大きく息を吐き――肩の力を、抜いた。
「その『あり得ない』をやってのけたトンデモ魔法使いによって守られたな。リシディアは」
「ぶぎゃぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁぁあああやめろやめろやめめめめべべべべぶべげぶぇぇおブォどぼぼぼごぼぼぼぼぼぼォォォ!!!!!!溺れる溺れる溺れる溺れる溺れるおぼれるおぼれるおぼれる死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬしぶォぁぅぅぅうううぅううう!?!!??!??!?!」
爆ぜる水の中心で、ポップコーンのように弾け跳ね上がり溺れまくるノジオス。
大の字の体が縦横無尽に暴風雨の中で蹂躙され、まるでとてつもなく滑稽で激しいダンスを踊っているかのよう。
「ずわあああああああああああああああ――――!!!!!!」
あらん限りの声と魔力を費やし、百槍を放ち続けたマリスタがとうとう最後の槍を放ち――――竜巻最後のひと巻きが一点に集った雨雲を王都中の天に飛び散らせる。
渦巻いた上昇気流の渦は地上に近い部分から急速に消滅。その余波をもろに受けた少女の体も、糸の切れた人形のように力無く回転しながら明後日の方向に吹き飛んでいく。
それを、
「くっ……!」
「うっ!」
テルクス・バージで追いついたイミアが地面スレスレでつかみ止め――止めきれなかった勢いをサイファス・エルジオが殺し、マリスタを受け止めた。
「……おそよう。プレジア教師殿」
「あなたこそ……もう止まったのか? 体の震え」
笑い。
イミアは尻餅をつき、サイファスは倒れたまま横で白目を剥いて気絶しているマリスタに顔を寄せた。
「すごい奴だよ、お前は……マリスタ……!!」
――ガイツが「中央」に歩み、確かめる。
そこにあるのは、泥に混ざり黄土色に濁る大きな大きな水たまり。
やがてそれはあぶくと共に浮かび上がってきた。
ガイツは一度目を閉じて顔を流れる水を切り、目をしばたかせてそれの状態を確認する。
剥かれた白目。
露わになった禿げ頭。
力無く空いた口。
大の字に浮かぶ体。
濡れ垂れた動かない口ひげ。
泥水に半分沈んだ体をプカプカとさせながら――――ノジオス・フェイルゼインは完全に意識を失っていた。
「……報告だ、ボルテール兵士長」
『……聞かせろ。このにわか雨の原因を』
「…………クーデター首謀者、『フェイルゼイン商会』ギルドマスター。ノジオス・フェイルゼインの戦闘不能を確認」
「こちらも報告がある。ナイセスト・ティアルバーが王都各区に残っていた敵を撃破、捕らわれていたアルクス他すべての者達が解放された。王都中からの――――敵勢力の駆逐を、確認した」
「城は」
「ペトラ班、及びディルス・ティアルバーによって小康状態に入った。またヘヴンゼル城『王壁』が健在あることも確認できた。現在再起動中だ……もう間もなく。王都全区が我々連合軍の管轄下に入る」
「………………そうか」
「ああ――」
言葉が途切れる。
大きく大きく、息を吸い込み――吐き出す音が、聞こえる。
「――戦いは終わるわ。ガイツ」
「…………そうだな。ペトラ」




