「それはまだ生傷で」
相変わらず、彼の瞳には何の感慨も浮かんでいない。
だからヴィエルナは、素直に頭に浮かんだ感情だけを口にすることにした。
「助けてくれて、本当に。ありがとう、ナイセスト」
「『動けない』お前がここにいるとはな」
「動けない」。
ナイセストがその言葉にどんな意味を込めたのか、ヴィエルナには知る由もない。
だが、相手はどんな人物であれ素直に評価しようとする男だ。
そこに皮肉が込められていないことだけは、彼女にも理解できた。
「……うん。きた。自分の意志で」
「――『奴』も来ているのか?」
「…………うん。ケイも、いる」
「……そうか。生きていたか」
「でも私がきたのは……他でもない私が、この国を守りたかったから、だよ」
「まだ欺瞞だな。二度話すのがその表れだ」
ナイセストはそう淡々と述べ、立ち上がり去る。
その後ろ姿を黙って見送るヴィエルナ。
〝言ってはナンだけど――死罪以外どんな刑がお似合いなのさ。って話だよね〟
決して、何一つ望んだ言葉ではない。
だがナイセストが生きていて、またこうして言葉を交わすことができる。
ヴィエルナは知らなかった。
たったそれだけのことに、自分がこれほどまでに喜びを見出す人間であったことを。
だからこそ――
「――またっ、」
――だからこそ、そこで言葉を飲み込んだ。
続く言葉がどれだけ自分本位であり得ない願いであるか、解ってしまったから。
人知れず表情を歪ませうつむいた黒髪の少女を、ロハザーは傷の痛みに荒い息を吐きながら仏頂面で見つめ――今まさにどこかへ行こうとしているナイセストへ、傍らに置かれた自らのローブを投げた。
「……アルクスのローブか」
「着てってくれ。かなめの御声が使えるし……俺はしばらく動けそうにないしな」
「…………」
無言で藍色のローブに袖を通すナイセスト。
人質にされた際脱がされていたため、それほど血はついていなかった。
「その……悪かったな。さっきは殴って――待~てまてまて行こうとするな!」
「無駄話は全てが終わってからにしろ」
「…………人の気持ちをムダ扱いかよ」
「気持ち?」
「そういうとこはつくづくあいつに似てやがんだな、あんたは」
「…………」
「アーアーあるある! 聞きたいことがあんだよ!」
「何だ?」
「行先だよ。どこ行くんだよ次は」
「音で察知もできなかったのか」
「敵のとこだってのは解る、でも位置までは知らない。その、体中穴だらけだったからよ」
「――残る戦場は王都外縁の森と商業区ギルド、敵の本拠フェイルゼイン商館だけだ。俺は商業区へ行く、お前達も治癒次第どちらかへ加勢に向かえ」
「もうひとつ!!――『ムダ話はすべてが終わってから』って言ったよな。本当だな?」
「?」
「戦いが終わった後も俺達と話す機会を作るんだなって聞いてるんだよ! っテテ……」
体にこもった力が傷に響き、うめくロハザー。
ナイセストは視線を一瞬ヴィエルナに留め置き、
「それは俺が決められることじゃない」
割れた窓の枠に足をかけ、倉庫から跳び去っていった。
「……ティアルバーの野郎、商業区へ行くっつったか? むしろ苦戦してそうなのはあのバケモンと戦ってるザードチップの方だと思ったが」




