「戦場に立つ大貴族」
「成程……道理でトルト・ザードチップと拮抗するはずでございますな」
呟くようにディルス。
トルトの実力は、元プレジア理事であるこの男も認める所か――――だがどれだけ時間が経った? トルトとバンター、たった二人の戦いがそうも長引くものか?
「まあ、トルト・ザードチップが出張っているのなら捨て置いてよいかもしれませぬな――むしろ問題は商業区の方ではないのか? 傭兵集団がたった一人の中年相手に何を手こずっているというのだ」
「見ていないから何とも言えませんが――敵はバジラノの新型兵器を使っているらしいのです」
「兵器……ですか?」
「いやに堅固な造りをしていて、それに守られたノジオスが大暴れしているようです。かたや我らは連戦の疲労もあり苦戦……先程十五人と報告しましたが、それも何人残っているか」
「天下のアルクスがなんと脆弱な。それで? 我らティアルバーに比類する他の大貴族共は何をしておるのだ。まさか戦死したのか。いや? もしや戦場に来ていないとでもいうのではあるまいな」
皮肉った口調で誰かを見るディルス。
視線の先にいたのは、救護班を離れて俺についてきたシャノリア・ディノバーツ。
彼女はその目を見返しながらも、口を真一文字に縛ったまま何も言わなかった。
すかさずペトラがシャノリアを擁護する。
「彼女はこれまで医療班の補助を行っていたのです。 『褐色の男』による被害が予想以上に大きく」
「そこな小娘のことを言っているのではない。ディノバーツ家当主は何をしていると聞いているのだ」
「!……それは――」
――尤もな話ではある。
シャノリアから、自分がディノバーツ家の当主だという話は聞いたことがない。
恐らく親世代が当主をやっているのだろう――――ディルスの口振りを見るに、戦場に出てくることが叶わない体という訳でもないようだ。
だがそれを言えば他の大貴族、アルテアス家も同じことなのだ。
そしてアルテアス家当主がここにいない理由――学校と自らの保身の為ココウェルを手元に置こうとしていたことを考えれば、ディノバーツの当主が居ない理由にも大体の見当はつく。
それを見越した上でのディルスのあの目だろう。
「…………とにかく。今戦場に残っているのは、商業区に向かったマリスタ・アルテアスのみです」
「――――ギリート・イグニトリオは?」
「……致命傷により、戦線離脱を」
「……腑抜けここに極まれり、だな。そして残るは腰抜けのみ……嘆かわしいものよ、傍で眺める大貴族の凋落は」
「ですが彼女はまだ戦っている」
「!」
――何だと?
マリスタが……まだ脱落せず戦っている?
「まだ戦ってるって……マリスタ・アルテアスがですか!?」
シャノリアが俺を押しのけてペトラに問う。
「先程バルトビア兵士長と通信しました。確かにマリスタ・アルテアスは生きて、第一線で戦い続けています」
「……あの子が……!」
「呵々。成程な――あれを守るためにアルクスは勝ちきれぬのか。とんだ疫病神であることよ。つくづく恥さらしなことだ」
「ッ、そんなことは――」
「私は信じています」
有無を言わせぬ芯の通った言葉で、ペトラが言う。
「『信じる』? ある意味この私より疑わしい腰抜けをしてか?」




