「品格」
あくまで静かなナイセストの言葉。
男は呵々と笑って顔を片手で覆うと、ひどくくぼんで見える両頬骨を指でなぞるように手を下ろし、ナイセストの背後にいるココウェルへと目を向けた。
その落ちくぼんだ目が、ココウェルをさらに脅えさせる。
ディルス・ティアルバー。
ナイセスト・ティアルバーの父であり、ティアルバー家の現当主であり――――今なお人々を苦しめる魔術、「痛みの呪い」の開発者と目される男。
(というか、そもそもここ……何なの?)
両扉の中、つまりディルス・ティアルバーの独房。
そこは、何を間違っても「牢獄」などとは言えない、暖かな灯りにあふれる研究室のような空間になっていた。
白衣を着たディルスの背後には所狭しと書物や巻物が詰め込まれた本棚があり、中央にある大きな長机にはココウェルには理解できない蒸留器のような実験器具や魔石の数々。
別の壁際には寝心地の良さそうなベッドやコーヒーらしき液体の入ったポットまでが置かれている。
そして何より――――ディルス・ティアルバーは手足に枷の一つもついていなかった。
ココウェルがそれを見止め、目を見開く。
「ッティアルバー!! この男何かっ、」
「ご安心ください。この男は、」
「どうしてそんなことが言えますッ!? 独房を作り替え、枷もされていないということは魔力も使えるこの男が――」
「この男は、私以上のリシディアの忠臣であるからです」
「……え……?」
「……呵々々々々……そう言うてくれるな。――このような場所へ、ようこそおいで下さいました。ココウェル・ミファ・リシディア殿下。お久しゅうございます」
「!(こいつも私を……)」
「呵々。『何故私を』という顔をしておいででしょうな。……存じ上げておりますとも。とてもね」
「……?」
目の前で跪き、頭を垂れながら笑う初老の男。
ココウェルはいよいよ困惑し、ナイセストに視線を送るが――等のナイセストは目をつぶり、ディルスと彼女の会話を邪魔すまいと立っているのみだ。
「……協力を。していただけるのですか? あなたも」
「なんなりと。ですがよろしいのですかな」
「……非常時です。あなた方を解放するのは一時的な措置であると、わたしから王には――」
「王がそれしきで、殿下をお許しになればよいのですが」
「……それはわたしの問題です。あなたが気にすることではありません」
「……御意のままに。もはや陽の光など拝めぬ生だと自負しておりましたが……いやはや、呵々。なんと運命とは数奇なものでしょうな……畏まりました。我らティアルバーの力、今こそ御身の為存分に振るいましょう」
――ココウェルがつい先ほどまで捕まっていた老騎士、フェゲンと似た笑い方をする男。
しかし感じられる印象は、その気品は、ただ歳をとっただけの老人とは一味も二味も違っていて、ひざまずいていながら威厳さえ感じられる。
「格」の差。
ココウェルはそれを、この時初めて目にした気がした。
「さて。かような場所では音も届かぬでな……一体娑婆では何が起こっている。ナイセスト」
「見ればわかる。来てくれ」




