「檄」
「お、おい待てよ姉貴っ。何をそんなにあわててんだ」
「これ持っててトゥトゥ!」
「おわ!? っおいおいこれ高い記録石だろもっと大事に――あれ。なんで通信切ってんだ? 別につけっぱなしでも」
「トイレはそっちだとかくにんしたでしょう、あねさま」
「もれそうなワケじゃないバカッ! いいから早く引き上げの準備を急ぎなさい!」
倒れたヴィエルナ達の目の前で、カシュネが二振りの三つ編みを振り乱しながら方々へ指示を飛ばす。
無論、全ての成果を手放して――自分たちの巣穴へと引き上げるため。
「……こえーだろ。|モノホンの大貴族様ってのは」
「!」
拘束された上、足の腱を切られて床で転がるプレジア教師ファレンガス・ケネディは、そんな三姉妹に諭すように話しかける。
「黙ってろジジイコラ。まだ立場が解ってねぇみてえだな――なあカシュネ、目玉の一つくらい無くなってても」
「いいから急ぎなさいッ! かまうなそんなのに――」
「もう覚えられてるぜ。オメーらの顔は」
『!』
「記録石を切るのはいい判断だった――だが一瞬遅かったな。教え子だから知ってんだ……あいつは大貴族の責務を確実に果たす。今のうちに俺らを解放しといた方が身のためだぜ」
「テメェ――」
「ねえあねさま。バンターは?」
バンター、という言葉にトゥトゥが動きを止める。
聞き慣れない名にプレジア勢も沈黙する。
カシュネはミエルの目をしばらく見つめ、――ややあって瞬きし、視線を外した。
「……合流するチャンスはいくらでもある。大丈夫、大丈夫だから……今は自分の命だけを考えてミエル。私達は生きなくちゃいけないんだから」
◆ ◆
「…………なんだ、その状況は」
のどからしぼり出すような声で、ノジオスが言う。
城にいる悪漢が取り落とし、床を転がった記録石。
球状の魔術石は転がりながらも映像を捉え続け――――やがて辺り一面に血と肉を巻き散らし斃れる老騎士、フェゲン・ジャールデュルの姿を映す。
たった数分前まで勝鬨であふれていた空間を、さびしく風が鳴く。
映像が突如、拾い上げられ――――土塊となった商業区に投射される大画面に、ナイセスト・ティアルバーの怜悧な顔が映る。
「貴様……やはりティアルバーのッッ、フェゲンを一体どうしたッ!?」
『何を呆けている。リシディアの民よ』
冷たく、そして強い声が全国のメディアを飛ぶ。
彼の背後に倒れた数多の悪漢達が、その説得力を更に強化する。
そんな声の前に、ノジオスの怒号などまったく意味をなさなくなっていた。
「何がリシディアの民だッッ!! 国を衰退させた戦犯貴族が今更何をっ、」
『リシディアを救う』
どこまでも通る静かな低い声が、確実に人々の鼓膜を叩く。
『手足がついているのならどこまでも抗え。くだらん感傷で足も思考も止めるな。此処が貴様の祖国だというのなら、貴様等が真にこの国を救わんと欲する『国民』なら――――それにふさわしき肉体と魂を示し続けろ』
「――――なにがッッッッ、」
『「国を救う」とはそういうことだ』
――――鼓舞が。
大貴族の言葉が、マリスタに下あごがざわつくような震えをもたらす。
「何が――――ふさわしき肉体と魂だァァァァアアッッ!!」
「ディオデラ」が――――記録石を破壊し。
立ち尽くすマリスタへ向け、拳を握りしめる。
「いつまで――いつまで我らを賊軍と見おろしているつもりだッッ!! 貴様等はそうやっていつもいつも我ら下々の者を――――ふざけるな、ふざけるなッッ!! その肉体と魂が腐れ切っているからッッ――――」
その拳に少女は、
「貴様等は滅ぶのだアアァァァァァッッッ!!!!」
マリスタ・アルテアスは――――絶対に負けるわけにはいかないと、思った。
小隕石の如き拳が、マリスタの障壁を打ち砕く。




