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「ティアルバー――①」



 その惨殺ざんさつの終わりに、緊張の弛緩しかんに――――ココウェルは剣の突き刺さった腹部を押さえ、床にうずくまった。



「!」

「うぅ……」

「殿下。お気を確かに。もうわずかの辛抱です」



 駆け寄ったナイセストがココウェルの体を起こし、



「ッひ……!?」



 腹部をまさぐり、刺傷ししょうに手を押し当て――闇を傷口に流し込む。



「なッ……なにをっっ、」

「引き抜きます。息を吸ってください」

「っ!? ちょっと待ってあなた治療はっっ」



 腹をなぞる不快な痛みと共に、剣が引き抜かれた。



「ィアあァッッ!!――――ぁ、?」



 ――思ったほどの痛みではない。

 棒状の鉄が内臓を押しのけるような不快感だけで、ほぼ無痛だったようにも感じた。



 体を抱き上げられる。



「はうっ!?――あだっ」



 名も知らぬ筋肉質な体に抱きかかえられ、慌てて身動みじろぎしたために体が痛む。

 



「闇で鈍化どんかさせた痛覚は傷口付近のみです。あまり動かれませんよう」

「あ、あなたが急に変なことするから――あっ」



 そう言っている間に下ろされるココウェル。

 壁際で生き残っていた柔らかなソファに、布をかけられただけの半裸の少女が沈む。

 それを見降ろすのは、同じく半裸の目が怖い男。



 ――襲われた記憶がフラッシュバック、する。



「っっっ――――ぁ、はっ、はァっ。やめてっ、」

「! 殿下――」

「触らないでぇぇっっ!!!」



 手をメチャクチャに振り回し、襲いかかる男の手を遠ざける。

 呼吸が荒くなり、目が回り、動悸どうきは傷口を打ち――――血を吐く体を起こして布で体を隠す。



「はぁっっっ、はァッッ――――っ、」



 汚い男は――――少年は、大きく下がって目の前にひざまずいていた。



「――――、」

「心中お察しいたします、殿下。火急とはいえ臣下の分をわきまえず、殿下に直接触れるなど不埒ふらちの極みであることを承知で申し上げます。どうか御身おんみに応急処置をほどこさせていただけませんか。このままでは殿下のお命が危ういのです」

「――――――――どうして」

「?」

「どうしてあなたは……私を助けてくれるのですか?」

「……敢えて申し上げる理由などありません」

「どういう――」

創家そうけよりこれまで。そしてこれからも――――永久とわに、ティアルバー家はリシ(・・・・・・・・・・)ディア家に尽くす為だ(・・・・・・・・・・)けに存在する(・・・・・・)。そう誓い、今ここに在るのです」

「……!」

「ですから殿下。どうか――この手を」



 ――底抜けの恐怖で体が震える。


 救われたことを悟った目が涙を流す。


 いいようにまさぐられた体が怖気おぞけち呼吸を乱す。



 救いを求める手が――――ゆっくりと、ゆっくりとナイセストへ伸びる。



「……殿下」



少年の吊り上がった目が、初めて悲哀ひあいゆがみ。



 伸ばされた手を下から取り――――臣下はその手に体を寄せて再度(ひざまず)き、額の前に寄せてこうべれた。



「――申し訳ございません、殿下。そのようないたわしきお姿を衆目に晒させてしまい、申し訳ございません……」

「……助けてくれるのですか。あなたは、本当に――」

「――御心みこころのままに」

「――――っっ、」



 嗚咽おえつと、ともに。

 ココウェルがナイセストの手を取り、身を乗り出して飛びつこうとし――



「――っ?」



 先んじて肩に触れたナイセストが、またココウェルをソファに寝かせた。



「傷にさわります。ひとまず休まれてください」

「っ……なによ、もう。少しくらい泣かせてよ」

「……何か?」

「何も言ってないっ。早く済ませなさい」

「――失礼致します」



 腹部と足に冷たい感覚。

 見るといくつもの傷口を包む小さな水泡すいほう

 それが治癒魔法であることは知っていた。



「――本当にありがとう。えっと――ティアルバー」

恐悦至極きょうえつしごくに存じます」

「……カタすぎ」



 王女の言葉に小さく一礼し、ナイセストが振り返る。



 赤い花弁かべんの中に、起動したまま転がっている記録石(ディーチェ)が一つ。



 彼はそれを無表情で拾い上げ――再度映像を出力する。



『チッ』

『貴様……やはりティアルバーのッッ、フェゲンを一体どうしたッ!?』

「何をほうけている。リシディアの民よ(・・・・・・・・)


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