「フェゲンVSナイセスト――③」
宝石がひび割れ、砕け散る。
模造品の破魔が――その効力を、失う。
「ッ――何が、」
「模造品は力の核となる魔石に闇属性の魔力を封じ、闇の侵食によって破魔に見せているだけの紛い物だ。長年の使い手でありながら、無為に年を重ねただけの貴様はそれすら知らなかったわけだ」
「――馬鹿な。闇に冒されたその体で光属性を練るなら時間が――」
〝カカカ――そんな不慣れな武器でいつまでもつのかね?〟
〝……仕方ない〟
「――あれは武器のことでなく、光の魔力を練ることを……!!」
「長剣は得意なんだったな」
ナイセストが二つの所有属性武器を手に下げる。
「来い忌み枝。いい加減剪定の時間だ」
「カカ、カカカカ……そうして若造は年寄りを見くびりよる。それが気に食わんのだッ!」
応酬。
火花が散り剣光が舞い、破魔の効力を失った長剣と鎌剣が打ち合わされる。
鎧を避け、的確に首をはねんと向かってくる黒紅の双剣に――フェゲンは、確実に、後退していく。
「ぬ、ぐ、ァ……!!」
「不得手な武器で拮抗していた。当然こうなるのさえ貴様では思い至らない――――いや、目を逸らしていたというべきか? フェゲン・ジャールデュル」
「ッ!!? 貴様ッ、」
鍔競り合う中、ナイセストがとうとうと続ける。
「記録を読んだことがある。三十年以上前か、魔剣を手にしたジャールデュルという名の男が、当時騎士ですらなかったベルクロス・イグニトリオに討ち取られ、魔剣回収の功績で騎士に推挙されたと――そして騎士ジャールデュルには、同じ時期に騎士を辞した兄がいた。どうやらそれが貴様のようだな」
「カカカ……そうともよ。故にリシディアに、貴様ら大貴族に復讐するこの時を我が天命得たりと――」
「もう喋るな。無様をさらすだけだぞ、老害」
「――何?」
ナイセストの双剣が閃き。
その一閃で、鎧を繋げるベルトを斬り裂く。
「っ!?」
「『大貴族への復讐』? 馬鹿も休み休み言え。貴様が本当に仇討ちを欲していたのなら――――こんな小さな戦場にいるわけがない」
「な、」
「一番の仇敵はベルクロス・イグニトリオだ、そうだろう? そして奴は今国境でバジラノと戦っている、貴様がそれを知らん筈もない。貴様は仇敵がいる戦場でなくこちらを選んだのだ。恐らくは己が命惜しさに」
「――馬鹿、な、ことをっ!!、」
長剣の追い付かない小回りで、ナイセストがフェゲンを翻弄する。
鎧の接合部をことごとく断ち切り――――ついにフェゲンの体から白き鎧が剥がれ落ちる。
黒いアンダーアーマーだけが露わになった。
「もうもちそうもないから核心を話そう。貴様は貴様に負けた、その原因を自分でなく外に求めた、結果弱者を嬲ることでしか自尊心を満たせなかった、それだけだ」
「――貴様ッ、」
「王国には敵わない者が大勢いた、だからそれらを避け王族を、か弱い王女と老いた王を狙った――――貴様という人間の本質が透けて見えるだろう。身の程を知る力を持っていたにも拘わらずそこから目を背け続けた、弱い自分を直視できず、そのくせ騎士に固執し都合良く解釈した歪んだ騎士道を捨てられないままそこまで老いた愚か者。それがフェゲン・ジャールデュルという人間のすべてだ。――――賢しく老いた振りをするな。老害」
「貴様ごときに俺の何が解るぅゥゥァァッッッ!!!!!!!」
怒号と共に放たれた老騎士の最も若い一撃は、
「貴様の人生は何もかも愚かだな、」
老人と会話せず、ただ説教ばかりを繰り返した若者に片手の剣で受け止められ。
「人間は他者を理解できる生き物ではない」
もう片手の剣が――――巨大化し、老騎士の腹部を深々と深々と深々と抉り抉り抉り抉り抉り抉り「じゅーーーーーづづづづづづづづづづづぁぁぁァァァァアアアアアッッッ!!!!!!!!」
――黒紅の剣が遠く、城の反対側の壁にまで伸び、突き刺さって止まる。
腹部を貫通し、根元に近付けば近づくほど老人の胴を削りに削る太さとなった黒き剣に押され後退した愚人が、体内から吹き散らされた自身の血と肉と臓腑の中で停止し、辛うじて口に昇った最後の血を吐く。
「――・・――――・・・愚かよな。そうして下々を軽んじるから――・・国が落ちぶれた原因に永劫気付かない」
「……軽んじているように聞こえたか」
「カ。精々見下しているがいい……その内に思い知る。そうした分断が、リシディアの闇そのものなのだと」
「国を分断しようとした貴様が訳知り顔で語るな」
所有属性武器が消える。
巻き散った血と肉の花の中で、老騎士は絶命した。




