「Yes,Your Highness.」
「――――、」
背を向けたままそう告げる無礼。
それを詫びもしない更なる無礼。
しかし、それが状況をつぶさに読んだ――――油断ならぬ敵を前にする故の態度であることは立ち姿から十二分に伝わってくる。
(…………信じていいのか?)
明確な根拠は皆無だった。
拘束具があれば魔力を使えず、それを解けるのは王族の魔力しかない。
拘束を解いた途端、命惜しさに逃げ出すだけかもしれない。
自分を連れ出し、より酷いことをするつもりかもしれない。
リシディア王国のことなど、微塵も考えていないかもしれない。
もしかすると、国を乗っ取るにふさわしいのは我々だとすら考えているかもしれない。
ティアルバー家がこれまで行ってきた悪行を考えれば、彼らがリシディア家を救う道理など欠片もないようにしか思えない。
(――思えない、のに)
ココウェルが眼前の背中を見る。
拘束され衰弱し切っていてもおかしくないその体はしかし一分も揺らぐことなくまっすぐに彼女の前にそびえ立ち、一糸の乱れもなく敵を見据え続けている。
「ふぇ……フェゲンさん?」
「何やってんすか? 殺るなら今――」
とっくに剣を構えている老騎士は、両手と魔力の使えない相手を前に何故か仕掛けてくる素振りさえ見せず、微動だにせず相手を警戒しているように見える。
緊張に疲れた悪漢の声がそれを裏付ける。
何より、ココウェルの心が訴える。
「彼の言葉に乗れ」と。
「彼に救いを求めろ」、と。
「――――っ、」
拘束具を解くには直に触れる必要がある。
投げられた剣が突き刺さりもはや風前の灯火となったこの命に、再び鞭打ち立ち上がる必要がある。
その一挙で、この命は絶えてしまうかもしれない。
何よりそんなことをしても、更なる絶望に突き落とされるだけかもしれない。
今ここにある恐怖と絶望が、ココウェルの心を際限なく苛む。
しかし彼女は、
「――――ッッ、くふ、」
リシディア王国第二王女ココウェル・ミファ・リシディアは、立ち上がる。
『!!』
「ね――ねえフェゲンさんったら、」
『おい――おいフェゲン何してる、おい!』
『じいさん、ちょっと……ねえ!』
敵の声がする。
腹の傷がとんでもない熱を持つ。
引き縛った口から血がもれる。
そんなものがどうでもよくなるほどに、希望が目から滂沱と零れた。
「……お願い、」
すがり付くようにして少年の服を握る。
「どうか助けてください、」
少年を支えに立ち上がる。
「わたしを――――この国を、」
その背に泣き付くようにして、
「この城を――――っっ、」
背から手を回し、提げられた手の拘束に触れ、
「ッリシディアをこんなにしたあいつらを全部倒してッッ!!!」
注がれた王族の魔力が、極光を放った。
「――――仰せのままに」




