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「少女の名前」

『な――――』



 ノジオスが。

 三姉妹が。



「……馬鹿な、」

「……あいつっっ、」

「……!!」

「――ウソ、」

「あれは――!!」



 ペトラが。

 ロハザーが。

 マリスタが。

 ヴィエルナが。

 ケイが。



「……誰?」



 ココウェルが。

そして、



「……カカカ……ッカカカカカカカカカカ!!!!」



 老騎士ろうきしフェゲンが、その姿を認める。



 頭の中心で白と黒に分かれた頭。

 人間味を感じられない吊り上がった目。その表情。

 そですその破れ乱れる薄汚れた白いTシャツと短パンを着せられた姿。

 青白くさえ見える足首には痛々しい赤いあざが円を作っており、長い間拘束下(こうそくか)にあったのだとココウェルにも知れる。



 ナイセスト・ティアルバー。




 半年前までプレジア魔法魔術学校の支配者といっても過言でなかった「太陽」が、今くすみ切った状態でココウェル・ミファ・リシディアの前に立っていた。



「なんという幸運かな…………この亡国ぼうこく土壇場どたんばも土壇場で、よもやティアルバーの亡霊が現れよるとは!!」



 だが為政者いせいしゃとして表に立った経験の無いココウェルは彼を知らない。



(……ティアルバー……)



 ――プレジアに貴族きぞく至上主義しじょうしゅぎの偏見をばらまいた元凶であることと。

――二十年前の戦争で、世界的規模の社会問題となった「悪魔の魔術」の開発者であることしか、知らない。



 ココウェルの視界がかすみ。

 再度、諦めの涙が伝う。



(――そんな者が、わたしを守るはずがない)



 ココウェルが顔をうつむかせる。

 風に乗ってただよってくる臭気からするに、衛生状態えいせいじょうたいも最悪の環境――――つまり最大の警戒度で収容されていた囚人。

 それが先の爆発で逃げたのだ。

 恐らく、他の危険な囚人たちも。



(……なんだ。いよいよ国が終末を迎えることを知らせるだけの男か)



 恐らくこの男はノジオスらと違って、いまだ自分に利用価値を見出しているだけだろう。

 それを惜しんでノジオスらと対立しているだけだろう。



(わたしが誰か知らずとも、わたしが白旗をあげるところを見ていれば王族であろうことは見当がつく。それを見て衝動的しょうどうてきに飛び出してきたんだろうな。わたしのことなんて知らないくせに)



 ……否、とココウェルがつばを飲み込む。



この命が長らえる可能性があるなら、奴すら利用すべきだ。

 少しでも、この国のために永らえることが出来るかもしれないのなら。



「――何でもします。そこな囚人、どうかわたしの命を――」

「傷にさわります」



背を向けたまま。



ナイセスト・ティアルバーが口を開く。



「それ以上口を開く必要はありません、ココウェル・ミファ・リシディア殿下でんか

「――――え?」



 少女ののどが鳴り、抜けた声が出る。



 心臓を貫かれたような衝撃が、力無く開かれていた少女の目を覚醒かくせいさせる。



 ココウェルはその少年に見覚えなど無い。

 どんなに記憶を辿たどっても、名乗った覚えなど無い。



 誰も彼女を知らなかった。



 尊大そんだいに名乗りをあげなければ、誰も自分を認知してくれなかった。



(――彼は、本当にわたしの名を知っていた――――?)

「敵を除きます」

「……え?」

「もし、私めが殿下の眼鏡に適うなら――――ここ一度だけ、この拘束こうそくを解いてはいただけませんか」


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