「ひるがえる白き」
「……もう遅いのだ。貴様が為政者ヅラできる日々などとっくに過ぎ去っておるのよ、とんまめが」
「・・・・・・・・」
歯が軋む。
いや、奥歯などとうに砕けてしまったか。
歯が痺れるほどの怒りと悲しみと悔しさに震え泣きながら、ココウェルは再びバルコニーへ歩き始める。
かすれた喉が音を漏らす。
叫べるだけを、叫び尽くした。
求められるだけの助けを、求め尽くした。
あれが、今の自分に自分にできる精一杯だった。
いや、あの給仕の命を犠牲にすれば、あるいはまだ叫び続けることができただろうか――
(……違う)
それは間違っている。
自分の命を守るためでなく国を、そこに住まう人々を守るために助けを求めて叫んだのなら――ココウェルはあの時止まるしかなかった。
しかし、そのせいで今国は滅びようとしている。
〝もう遅いのだ〟
ただ遅かった。
救国を叫ぶには、あまりにも遅く――そして非力だった。
でも仕方ない、と少女は思っていた。
自分はまだ少女で、だから非力で、だから誰にも認めてもらえない。
考えに賛同してくれる人も、そもそも考えを聞いてくれる人も一人もいない。
入口も無いのにどう政治の世界に入れというのか、と。
どんなに学んでも、自分にはそれを活かす場を与えられない――そう悟り諦めてしまったとき、ココウェルはその虚無をただ暇潰しで埋め尽くした。
王女としてわがままの限りを尽くした先に何が見えるのか、あるいは何も見えなくなるのか――城を抜け出しプレジア大魔法祭へ行ったのも、ただそれだけの娯楽のつもりだった。
(その結果……わたしはここにいる。たった一人で、ボロボロになって。誰にも助けてもらえない)
所詮、言い訳に逃げ続けただけだった。
彼女は自分が誰かに話かけられたい、聞いてもらいたいばかりで、自ら話そう、聞かせようという意志を持ち続けられなかったことを、今更ながら思う。
発すればよかったのだ。
訴えていればよかったのだ。
さっきのように、自分の言葉で――――気負いもてらいもなく、自分の気持ちを。
止まらない。
後悔と、悔しさの涙が――――あとからあとから、溢れて――――
「掲げよ」
気が付けば、目の前にバルコニーの柵。
王族として人前に立つ最初で最後の機会。
それがこんな砂と血にまみれた、痴態を晒しながら斬首される一度だけだとは。
(――――わたしのせいだ。全部。ぜんぶ)
顔が悔しさに歪む。
視界が涙でにじむ。
旗を砕かんばかりに手に力がこもる。
だが遅すぎた少女には、もうどうすることもできない。
どうすることも、できない。
背に視線が突き刺さる。
嗚咽でばかり返事をしていられない。
せめて、最後の務めくらい果たさなければ。
「――リシディアの民よ。あなた達を守れなかったこと――」
腹から剣が突き出た。
「ッッ―――― 、っ、、、、 、」
よろけ、バルコニーから落ちそうになる。
柵に口から血が滴る。
投げた者など解っている。
みじめさに、そして申し訳なさに、もはや痛みさえ感じていない自分に――少女はまた涙を溢れさせた。
ああ、神様。
わたしは最期にたった一言、国民に詫びることさえ許されないのか。
残った力を振り絞り、腕を上げていく。
垂らしていた旗を、滅亡の印を、王女自らの手で立てていく。
風が哭く。
ココウェルを迎えるように、はたまた拒否するかのように風が吹きつけ、裸に剣の突き刺さったまま嗚咽を上げる、痛々しい王女をよろめかせる。
小さな泣き声を、あげながら。
王女は、腕を――――――――――
白旗を、空にはためかせた。
「――――――――勝ったっ……」
ノジオスが上ずった声でつぶやく。
絶望のつぶやきが、泣きはらしたマリスタからすべての力を奪っていく。
「へーぇ、ホントに滅ぼしたよ」
「あの小男も、あんがいやるものですね、あねさま」
「バッカ。あいつの力じゃなくてアタシらのおかげだろ」
「カカカカカカ……カカカカカカカカカカカカカッッッ!!!」
「かった……」「え?」「かったのか?」「ってことは……」「終わり?」「リシディア?」「マジ? これでリシディアは――――」
「は――――――――――――――はっ。ははは……ずははは、はは、はははははははァッ、ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーゥァ゛アアアアアアッッッははははははははははははははははァ~~~~~~~~~~~~~~ッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
記録石を通し。
首謀者の勝鬨が、国中にこだまする。
「勝鬨だ――勝鬨をあげろォォッ!!! 我々の勝利だ――――――リシディア王国は今ここに滅びたァァァァァッッッ!!!!!!」
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――……!!!!!!!!!!
悪漢達の狂喜が、王都中に響き渡った。
フェゲンがニカリと笑う。
亡国の王女が事切れる前に処刑せんと、長剣を抜剣し――――
―――――――――――― 一閃。




