表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1151/1260

「サイゴノノロイ」




◆    ◆




白旗しろはたを眺めていた。



もう、自分がどうしてここにいるのかも分からない。

足から流れ過ぎた血は今でも止まってくれなくて、あぁ血は本当に命のもとなんだって実感だけが、わたしを現実につなぎとめている。



小さな血だまりに長い剣が映る。



わたしの片足の指を全部奪ったその剣が怖くて怖くて、わたしは慌てて行動を開始する。



敗戦。滅亡。白旗。王女。



そんな状況で何がやれるのかだけは、わたしにだって理解できた。



り傷がジクジクと痛む手で、はたを取る。

足の無くなった足で、立つ。



白旗を引きずり、陽光差し込むバルコニーへと歩いていく。



 もう、ダメだろう。



 泣くとか痛いとかではない。



 もうわたしは終わる。もうすぐ死ぬ。

 国を滅ぼした王女は、もう王女ではなくなる。

 ただの、公衆の面前で痴態ちたいをさらす亡国の元王女でしかなくなる。

 役目はただ一つ。過去の負債ふさいの一括清算。

 わたしの命は、リシディアの借金のカタに冥府めいふに差し押さえられる。



 笑える。道化過ぎる。わたしの命の意味って何だったんだ?

 もう、絶望する気さえどこかへ消えて失せてしまったけど。



 あごの下で、いまだかわかない涙が残っていて鬱陶うっとうしい。

 血の止まらない足は一向に痛みが引かず、いまだにわたしを苦しめてくる。



 いっそ出血大量で死ねれば。

瓦礫の崩落で死んでいれば、アヤメに殺されていれば、部屋に押し込められるだけの人生だと気付いたときに自殺していれば――こんな余計な屈辱くつじょくを受けずに済んだだろうに。



 何度も聞いた金属音が背後からわたしの鼓膜こまくらす。

 あの音が鳴るたびに、わたしは足の指を失い続けた。

 わたしは今、また何か足を落とされるようなヘマをしているんだろうか。

 もはや現実感も薄い状況で、正しい歩き方など思い出せない。



 ああいや、違う。

 きっとそれ(・・)もわたしの役目だ。

 白旗をはためかせた後――――わたしはこのジジイの剣で、リシディアの罪を一身に背負って斬首される。そういうシナリオだろう。

 民衆を焚き付けるにはもってこいのやり方だ。



 もういい。

 もうなんでもいい。

 どうでもいいから、さっさと殺せ。

 殺してくれ。



〝お前は何もせずともよい、ココウェル〟


〝いいえ。殿下については、国王様より何も言い付けられておりません〟


〝よっぽど才に恵まれなかったのがわかったのかしら〟

〝王族の恥だということで、人前に出す気は一切ないそうよ。それも可哀想かわいそうなことよね〟



 もう疲れた。

 もう無理。死にたい。

 無駄に長く苦しめられるくらいなら、わたしはさっさと死にたい。



 誰からも期待されなかった。



 誰からも憐憫れんびんの目を向けられてきた。



 その理由を、誰もわたしに教えてくれなかった。



 王からも、実の母からも無視されて――わたしは何不自由ない空間に、永遠に閉じ込められていた。



 ちょっとした反抗のつもりだった。

 わたしという人間を、少しだけ世に知らしめようと思っていた。

 その為に、アヤメをつれて城を抜け出した。



〝王女様、王女様。この私の言葉が信じられないのですか?〟



 とんだ道化。



〝長年付き従った私と、数日数時間言葉を交わしただけの下郎と。どちらの言葉を信じる(・・・・・・・・・・)のですか(・・・・)?〟



 わたしは結局、唯一信じた一番身近な騎士にさえ、もてあそばれていた。

 弄ばれ、



騎士きしに。わたしのものになりなさい〟



 弄ばれ、



〝誤解です殿下。我々の下に情報が届きましたのもつい先ほどで、その信憑性しんぴょうせいも含めて協議を行う必要があり――〟



 弄ばれ、



〝……誰?〟



 弄ばれ、



〝ぬおおこわいこわい! この老いぼれは不敬罪ふけいざいで死刑ですかな!〟



 弄ばれ、



〝話にならない、言葉遣いなんぞいちいち指摘してる場合でないのもおわかりにならないので?〟



 弄ばれ、



〝馬鹿女がァ、もうちっとキョーヨウを身に付けやがれェ! オウジョサマってのはもっと高貴なドレス着てぴかっぴかしてる人のことさァ。おめーみてーな薄汚れた痴女ちじょとは格がげぇんだよォォッ〟



 弄ばれ、



〝どう考えても性的な使い道のがあるだろwwww〟

〝あの体で政治は無理w〟



 弄ばれた。



〝気付け。お前には最早もはやたっとばれ保護されるような価値など残っていないのだ〟



 ……思い至る。



 この国って、滅んで当然だったんじゃないか?



 誰もが誰も信じていない。

 誰もが自分の正義を実行するか、私腹しふくやすことしか考えてない。

きっと「魔女狩り」は、この国で起こるべくして起こったのだ。



殺し、犯し、奪い――そんな下劣げれつな本性を秘めたクズばかりの国だったのだ、リシディアは。



 ああ、解ってしまった。

 ずっと前から滅ぶべきだったんだ、こんな汚い国は。



 陽光がわたしを照らす。

 心地よい風が吹く。

 眼下がんかにはあちこちで煙を上げ崩壊している、かつて栄華を極めた王都の無残な姿。

 いっそ雨でも降ればもっと雰囲気も出るものだけど。



 まあ、なんでもいいじゃないか。

 掲げた白旗を気前よくはためかせてくれる。

 新しい国家の誕生をとりあえず祝ってくれる。

 にわかに巻き起こる祝賀の雰囲気に、国民はこれまでの痛みやわたしたちの末路などすぐに忘れる。






 死ね。






 全員死ね。



 クズ共もこの国もこの世界も、みんなまとめて死んじまえ。



 新国家に呪いあれ。


 人々の行く末に災いあれ。


 そして世界が終わるその時に――――ほんの少しでもわたしの苦しみを思い知れ。



 笑いがこみ上げる。

 バルコニーの柵の前に立ち、ひきずってきた旗を両手で握る。



 そら。

せめて網膜もうまくに、永遠にこびりつき続ける滅亡を演出してやる――――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ