「サイゴノノロイ」
◆ ◆
白旗を眺めていた。
もう、自分がどうしてここにいるのかも分からない。
足から流れ過ぎた血は今でも止まってくれなくて、あぁ血は本当に命の素なんだって実感だけが、わたしを現実につなぎとめている。
小さな血だまりに長い剣が映る。
わたしの片足の指を全部奪ったその剣が怖くて怖くて、わたしは慌てて行動を開始する。
敗戦。滅亡。白旗。王女。
そんな状況で何がやれるのかだけは、わたしにだって理解できた。
擦り傷がジクジクと痛む手で、旗を取る。
足の無くなった足で、立つ。
白旗を引きずり、陽光差し込むバルコニーへと歩いていく。
もう、ダメだろう。
泣くとか痛いとかではない。
もうわたしは終わる。もうすぐ死ぬ。
国を滅ぼした王女は、もう王女ではなくなる。
ただの、公衆の面前で痴態をさらす亡国の元王女でしかなくなる。
役目はただ一つ。過去の負債の一括清算。
わたしの命は、リシディアの借金のカタに冥府に差し押さえられる。
笑える。道化過ぎる。わたしの命の意味って何だったんだ?
もう、絶望する気さえどこかへ消えて失せてしまったけど。
あごの下で、いまだ乾かない涙が残っていて鬱陶しい。
血の止まらない足は一向に痛みが引かず、いまだにわたしを苦しめてくる。
いっそ出血大量で死ねれば。
瓦礫の崩落で死んでいれば、アヤメに殺されていれば、部屋に押し込められるだけの人生だと気付いたときに自殺していれば――こんな余計な屈辱を受けずに済んだだろうに。
何度も聞いた金属音が背後からわたしの鼓膜を揺らす。
あの音が鳴るたびに、わたしは足の指を失い続けた。
わたしは今、また何か足を落とされるようなヘマをしているんだろうか。
もはや現実感も薄い状況で、正しい歩き方など思い出せない。
ああいや、違う。
きっとそれもわたしの役目だ。
白旗をはためかせた後――――わたしはこのジジイの剣で、リシディアの罪を一身に背負って斬首される。そういうシナリオだろう。
民衆を焚き付けるにはもってこいのやり方だ。
もういい。
もうなんでもいい。
どうでもいいから、さっさと殺せ。
殺してくれ。
〝お前は何もせずともよい、ココウェル〟
〝いいえ。殿下については、国王様より何も言い付けられておりません〟
〝よっぽど才に恵まれなかったのが判ったのかしら〟
〝王族の恥だということで、人前に出す気は一切ないそうよ。それも可哀想なことよね〟
もう疲れた。
もう無理。死にたい。
無駄に長く苦しめられるくらいなら、わたしはさっさと死にたい。
誰からも期待されなかった。
誰からも憐憫の目を向けられてきた。
その理由を、誰もわたしに教えてくれなかった。
王からも、実の母からも無視されて――わたしは何不自由ない空間に、永遠に閉じ込められていた。
ちょっとした反抗のつもりだった。
わたしという人間を、少しだけ世に知らしめようと思っていた。
その為に、アヤメをつれて城を抜け出した。
〝王女様、王女様。この私の言葉が信じられないのですか?〟
とんだ道化。
〝長年付き従った私と、数日数時間言葉を交わしただけの下郎と。どちらの言葉を信じるのですか?〟
わたしは結局、唯一信じた一番身近な騎士にさえ、弄ばれていた。
弄ばれ、
〝騎士に。わたしのものになりなさい〟
弄ばれ、
〝誤解です殿下。我々の下に情報が届きましたのもつい先ほどで、その信憑性も含めて協議を行う必要があり――〟
弄ばれ、
〝……誰?〟
弄ばれ、
〝ぬおおこわいこわい! この老いぼれは不敬罪で死刑ですかな!〟
弄ばれ、
〝話にならない、言葉遣いなんぞいちいち指摘してる場合でないのもお解りにならないので?〟
弄ばれ、
〝馬鹿女がァ、もうちっとキョーヨウを身に付けやがれェ! オウジョサマってのはもっと高貴なドレス着てぴかっぴかしてる人のことさァ。おめーみてーな薄汚れた痴女とは格が違げぇんだよォォッ〟
弄ばれ、
〝どう考えても性的な使い道のがあるだろwwww〟
〝あの体で政治は無理w〟
弄ばれた。
〝気付け。お前には最早貴ばれ保護されるような価値など残っていないのだ〟
……思い至る。
この国って、滅んで当然だったんじゃないか?
誰もが誰も信じていない。
誰もが自分の正義を実行するか、私腹を肥やすことしか考えてない。
きっと「魔女狩り」は、この国で起こるべくして起こったのだ。
殺し、犯し、奪い――そんな下劣な本性を秘めたクズばかりの国だったのだ、リシディアは。
ああ、解ってしまった。
ずっと前から滅ぶべきだったんだ、こんな汚い国は。
陽光がわたしを照らす。
心地よい風が吹く。
眼下にはあちこちで煙を上げ崩壊している、かつて栄華を極めた王都の無残な姿。
いっそ雨でも降ればもっと雰囲気も出るものだけど。
まあ、なんでもいいじゃないか。
掲げた白旗を気前よくはためかせてくれる。
新しい国家の誕生をとりあえず祝ってくれる。
にわかに巻き起こる祝賀の雰囲気に、国民はこれまでの痛みやわたしたちの末路などすぐに忘れる。
死ね。
全員死ね。
クズ共もこの国もこの世界も、みんなまとめて死んじまえ。
新国家に呪いあれ。
人々の行く末に災いあれ。
そして世界が終わるその時に――――ほんの少しでもわたしの苦しみを思い知れ。
笑いがこみ上げる。
バルコニーの柵の前に立ち、ひきずってきた旗を両手で握る。
そら。
せめて網膜に、永遠にこびりつき続ける滅亡を演出してやる――――




