「濁り切った世界を、白く」
「……ずふははははッ……本当にえげつないショーを演出するものだなァ――――応答しろ放送局。被害は受けていないか? あぁ、その程度なら問題ない。居住区を中心に放送を流せ。ラジオ、テレビ、全てだ。最後の国営放送を行うとな!」
「……最後の……なん、ですって……?」
地に落ちわずかに気を失っていたマリスタが起き上がり、瓦礫を支えにノジオスを見る。
全裸で放り出された金髪の、大きな胸を垂れ下げてうなだれた四つんばいの少女が映った映像を、見る。
「――――何よあれ。なにやってんのよっっ、――ッ!?」
『王都に住まう全ての人々へ 全ての人々へ こちらはリシディア国営放送 リシディア国営放送 これよりリシディア国 最後の 国営放送を行います――……』
突然聞こえ始めたのは、王都中にある拡声器からの声。
砂塵を伝いぐわんぐわんと響く、「リシディアの最後の放送」という言葉。
「・・・まって。待ってよ、やめてよ・・こんなの、これじゃ――これじゃまるでっ、本当にこの国が滅びるみたいな――」
つながる魔波は、少女のことなど顧みない。
次々と起動するテレビ、ラジオは――――滅びゆく国は、少女の絶望など待たない。
マリスタの目を、滅びを認めた涙がこぼれ始めた。
「……どうして?――――ッどうしてそんな酷いことが出来るのよッッ!!」
ノジオスが声もなくマリスタを見る。
「あんた自分がどんだけ外道なことやってるか解ってんのッ!!!? ココウェルを、私と同い年の女の子をッッ、あんなカッコで記録石に録画して全国ネットでさらすなんて、何を考えてたらそんな酷いことが出来るのッッ!!? そんなことされてあの子これからどうなんのよッ!!?――――どうしてココウェルがそんなことまでされなきゃいけないのッ!!?」
「聞こえているか。リシディアに住まうすべての者達よ」
マリスタの声を無視し――――ノジオスが記録石に向けて語りかける。
「当時の六大貴族が集い、リシディア家を王族としてアッカス帝国に反旗を翻す形で成立したリシディア王国は、豊富に産出される魔原石と、リシディア家をいただく五大貴族が持つそれぞれの財、そして魔術、力を頼みとし、小国ながら大きな発展を遂げてきた。魔女との争いは絶えずあったが、それでもアッカス、バジラノの脅威に臆することなく、光の中で我らは発展し続けていた――……思えばその幸福に影が差したのは第四代国王、かつ第六代国王としていまなお玉座に在るケイゼン・ロド・リシディアの代からだった。まるで意図的に手を抜いているかのように戦争に大敗を重ねろくに外交努力もせず国交を開こうともしない、大貴族間の連携も取れず、どの家も自らの利益の為だけに内輪揉めを繰り返し始めた。そして国の衰退は子のラオムス・ドドル・リシディア、その更に子のレイクス・ソル・リシディア、ヴィリカティヒ・セラ・リシディアの代で混迷を極めることとなった。貴族の力で成り立っていた国から貴族の力を刈り取り、王族共は自作自演の茶番で復権を図り、それすら内輪揉めが原因で内部崩壊しついには魔女との全面戦争まで引き起こしたッ!! 他国には攻め入られ領土の一割が焦土と化し大貴族の一角は滅亡し創設したてのヘヴンゼル騎士団は壊滅ッ、皆の家族を、友を奪った二十年前は俺の記憶にまだ新しいッッ!! そして極めつけは『魔女狩り』による無差別殺戮を止めることさえ・出来なかった・イヤしなかったッ、当然だァ!! 奴らはもはや我々国民のことなどどうでも・よかったのだから・その証拠に見ろォッ!! 齢八十五にもなる老害が何の功績もないまま二十年も玉座に居座り、いざ国の有事には我先にと逃げ出したッ!! 我々が仕方なく王女を晒し物にしているのはそのためよッ! そうだろう!? 国の富を食い潰して肥え太ってきただけの底抜けの白痴美なぞを処刑したところで、これまで蔑ろにされてきたすべての生命への贖罪になるはずがないッッ!! 国民の溜飲が下がるはずもないッ!!」
「やめて……やめなさいよ……!!」
ノジオスの声が、王女の醜態が――――国民の心に、浸透していく。
「そもそも不適格だったのだ。リシディア家に王家たる器など無かったのだ国民よ、そうは思わんか!? リシディアという家に国の手綱を握らせた、その集大成がこの肥え太った暗君の姿だとは思わんかッ!!? ただの一度さえ民衆の前に姿を現さなかった、希望の声の一つさえ国民に届けず贅と怠惰の限りを尽くし続けた、これほど『リシディア』を体現した女もいるだろうかァッッ!!!」
「ッざけたこと言ってんじゃねェわよ一方的にィッッ!!!!!」
拡声器がマリスタの怒号を拾う。
ノジオスが顔を怒らせ、地上の泣きはらしたマリスタへと記録石を向ける。
「あんたがココウェルの何を知ってるってのよッ!!!? これだけ王都をメチャクチャにして人を殺してココウェルをさらし者にしてッ、さんざん人をバカにするけどあんた自身はどうなのよッッ!!? あんたの子どものマトヴェイ・フェイルゼインはココウェルの数万倍も数億倍もクズだったじゃないのよッ!!! お前だって王の器じゃないのは明白なんだよッッ!!!」
「解っていない――――まったく解っていないそれでもなお俺達の方がマシなのだ四大貴族のアルテアスの小娘ェェェッッ!!!」
「ッ――――!?」
砂嵐。
巻き起こる魔波の主は機神か、はたまた小男か。
「四十年もの長きに渡って我々を混迷の渦に閉じ込めておいてッ! 我々の力を奪っておいてッ! 一部の特権階級の者達の私腹を更に肥やすばかりを繰り返したッ!! 四十年だぞ――四十年だぞッッッ!!?!?!?!? どれだけ我らが貴様等にすがりチャンスを与えてきたと思うッ!!? その信用を・祈りを・どれだけ・どれだけ踏み躙られたと思うッ!!?」
「…………(知らない。そんなの……私もココウェルも知るはずないのに!!)」
少女達は知らない。
だが――――「知ったことか」で済もうはずがない。
「……マシなのだよ。たとえ我らがこの直後に倒れるような脆弱な国しか造れなかったとしても――今のままの国で在り続けるより、遥かにな」
「ツケを払うときが来たのだ。いい加減に」
カラン、と。
王女の傍らに――――大きく白い、何かが投げられた。
「…………、」
ココウェルがそれを認める。
それは白旗。
国中に滅亡を知らせる、大きな大きな白旗。
「さあ掲げろ。自らの手で――――この忌まわしき国の息の根を止めろ。リシディアよ」




